2005年 09月 11日 ( 1 )

9月10日(土)曇 水槽のフナと小泉さん

姫野事務所のカウンターには,二〇年近くになる古い水槽がある。
吉野川で掬ってきたマブナ,バラタナゴ,カワムツ,ジンゾク,スジエビがいるのだが,15匹ほどいるマブナが最大勢力である。5月のイベント「吉野川まるあそび」で掬ってきた川底の土に,卵がついていて,水槽のなかで次々に誕生したというわけだ。50匹はいただろう。
孵化したマブナを観察していると,2つのタイプに分かれることに気がついた。

 まず,食欲旺盛で動きが速いタイプ。これは人の姿をすぐ覚え真っ先にえさに飛びついてくるから,すぐ大きくなる。自分より大きなタナゴやカワムツともえさを奪い合うたくましさ。まず生き残れるタイプであろう。

 もう一つは,食い物にはあまり関心がないタイプ。ぶらぶら泳ぎながら,元気魚のえさの取り合いを,少し離れて観客のように見ている。だからあまり大きくならない。
自然界では生きていけないタイプであろう。

 ぼくは気が気ではなく「ほら早く大きくなれよ」と鼻先にえさをやるのだが,迷惑そうに後ろに下がって,ただ見ているだけなのだ。「おまえはナマズのえさになってもいいのかよ」と怒ってみても同じである。

 こういう2つのタイプは,もともと先天的なものなのか,それとも後天的にできるのだろうか。自然界でもこんな無気力派のフナ集団が存在するのか,などとと考えていた矢先に小泉さんの絶叫するのがテレビに映った。
 
 小泉さんが,参院否決を受けて「国民の皆さんに問うてみたい」と解散に持っていった政治手法は,国,県,自民党とダム審の可動堰推進に対し,住民投票へさらに市議選へ土俵を転換させて民意の審判を求めた徳島の住民運動と同じ手法であることにお気づきだろうか。
先手必勝,実に鮮やかである。受け身の野党は太刀打ちできないはずだ。

 ただ違う点は,次の1点である。

「民主主義社会における市民の役割は,
観客になることであって,行動に参加することではない」

なぜならば 

「大半の人間は感情と衝動に突き動かされて行動する。

だから,理性を持った人間が,『必要な幻想』を作り出し,
人々の感情に訴える『過度の単純化』を提供して,
愚かな人々を導かなければならない」

ノーム・チョムスキーによれば,これがアメリカ現代政治学の主流の考えであるという。
 
徳島の運動が,この考えに真っ向から挑戦して,これをひっくりかえしたのに対し,
小泉さんの手法はこの考えを忠実になぞり戦術化したものだ。
小泉さんと徳島が決定的に違うのはこの点である。

作られた「幻想」と「単純化」であらぬ方へ導かれるのはごめんこうむりたいが,さてこの選挙「統治される人々」と「統治する人々」の関係に,どんな変化が起こるのか起こらないのか,きちんと見守っていかなければ。
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by himenom | 2005-09-11 04:08