佐久間ダムと漁師さん (水郷水都浜松大会その2)

b0050788_96147.jpg■佐久間ダムは戦後日本の高度成長の記念碑的なダムである。この日本一のダムは、昭和28年着工わずか3年で完成した。世界銀行の資金融資とアメリカの技術者、土木機械の全面投入があってのことだ。資料館では当時の白黒の岩波映画が写されていた。

「ダムで、天竜川を5つの湖に変える、国土総合開発計画なのです」

ナレーションは誇らしげだ。経済成長に一点の曇りもない夢を見た50年前の時代があった。

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■第2発電所放流口 佐久間ダムから取られた水は、ここで再び川に戻る。ものすごい濁りだ。右が本来の天竜川の水だが、ブレンドされた天竜川はずっと海まで汚濁が消えない。

天竜川漁協の堀内理事は「河口30キロでも透視度40センチなんですよ」 いったん濁ると1ヶ月は澄まない。かつて竹箒で掃いて捕れたアユがいまや天然遡上4~500万匹まで落ちている、と堀内さんは嘆く。

だが、案内してくれた電源職員さんの説明は違った。「透視度で水を評価するのは不正確。濁りは鉱物質であって富栄養化はない。水質はAAAです。」
「しかし」とだれかが言う。「ダム湖の底石に付いているのはどうみてもヘドロだなあ」

b0050788_10262042.jpg そして、分科会で秋山組合長がとどめをさした。ダム湖水の透明度測定用の透視計をのぞいてもらった。すると、漁協は「5cm」国交省職員は「8cm」電源職員は「12cmでーす」と言ったそうな。「同じものをみても見え方は変わるもんですねえ」

ダム湖では、累積1億トンという膨大な堆積土砂を、クレーン船が掬っては運び出していた。年11万5千トンだそうだ。まことにむなしい努力である。「まあ、底のヘドロやシルトをかき混ぜるだけだねえ」隣のおじさんはつぶやいた。
            
■浜松大会では漁協ががんばった。水郷水都で初めてのことだ。天竜川漁協の組合員は3300人だが、アユやニジマスの養殖もしている。一淡水漁協がである。
「すごいですねえ」というと「ダムの補償金なんです。当時の役員はもらった金を使わずに次に残した。偉いもんです。」
b0050788_10282824.jpgそういう秋山さんはじめ組合員もまた、天竜川の環境を次に残そうと、なれない準備に苦労しながらこの全国大会を主催したのだ。
 高度成長の夢を生み出し、いまは負の遺産に苦しむ名川 天竜川から、また新しい時代の何かが生まれ始めている、と ぼくはじんわりした感動を感じていた。
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by himenom | 2004-12-10 09:55
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