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5月28日(日)晴 言っていることとやっていること

  10時からみんなの会の定時総会。朝からだったが50人ほど集まった。当然ながら国交省の新方針に失望や怒りの声が相次ぐ。「6年前に可動堰は”白紙”になったが,その白紙をあぶり出せば”可動堰”と書いてあるんじゃないか。国交省は信用できん。」と藍住の男性。
  ぼくは「97年の河川法改正から始まった住民参加型の河川行政は,00年の第十堰住民投票の高揚,続く淀川流域委員会をピークにして,再び後退局面に入ろうとしているようだ。注目河川の吉野川で流域委員会を設置しないことは考えられないことで,06年の吉野川が逆コースのエポックとなるとしたら残念だ」と意見を述べた。
  昨年12月,渡辺河川局長は「徹底した情報公開と住民参加で河川整備計画を作る」と約束したが,部下の四国地整がやったことは,5ヶ月間何を聞いてもノーコメントを決め込んだことであり,あげく流域委員会を設置しないと発表したことであった。議論で計画を練り上げていく流域委員会の設置をやめて,単なる一方的な意見聴取に変えてしまったのであった。
言っていることとやっていることがまるで違う。
  国交省のいう住民参加とはいったいなにか。いまはもう退官したが,青山俊樹さんという河川官僚がいた。ぼくは94年に日弁連が合衆国開墾局総裁のダニエル・ビアードさんを呼んだシンポを聞きに行ってそこで青山さんに初めてお会いした。ビアードさんを前にきれい事を述べる青山さんにぼくは食い下がった。「吉野川の現場を知っていますか。シンポの出席は拒否し計画データも隠すひどい状態だ」青山さんは壇上から答えた。「データを出してよいと私が言ったと言ってもらってかまわない。」ぼくは青山さんに好感を持った。翌日徳島工事事務所からデータを出すと電話がかかってきた。事態は動き出したのである。
  それから5年後,河川局長になった青山さんの講演を聞いた。青山さんは「反対住民を敵視してはいけない。川の仲間と思わなければいけない」と話した。川に関心があるからこそ住民は反対もするというわけだ。ぼくは感動した。もしこのような考え方が現場に広がれば,河川行政は間違いなく国民から信頼されるに違いない。住民参加の原点はここになければいけない。青山さんの目は,たしかに嘘を言っている人の目ではなく,だから対立のさなかにあっても,ぼくは青山さんの講演に共感できた。しかし河川行政の現場は全く違ったのである。
  建設省に都合のいい住民,異議を言う煙たい住民,と色分けして,都合のいい住民だけを審議の場に参加させる。95年設置の吉野川のダム審はその典型であり,いやさらにひどく,当初から可動堰賛成委員が大半を占めており住民代表は誰一人いなかった。だがこのダム審の制度とは,なんと青山さんその人が作ったものだったのだ。河川局長のいう総論と現場の実態が180度違う。いったいこの事実をどう解釈すればよいのだろうか。河川行政は住民にとって深い闇の中である。
  これが10年前にぼくが経験した事実である。当時青山さんは少なくとも,住民参加型行政に関心を持ち,これを導入しようとしたのに違いない。しかし実際に運用しようとしたとき,住民参加の魂はどこかでのけられ形だけが残された。それから10年が過ぎた。住民参加を掲げる新河川法も施行された。だが国交省は青山さんの時代と何も変わっていないようである。

 総会の議論は尽きず,結局時間切れで継続議論を行うことになった。
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by himenom | 2006-05-29 00:11

5月26日(金)雨 市民運動で悩んでいる若いみんなへ

「市民運動」というテーマで,京都精華大学の集中講義を引き受けて,3年目となる。ぼくにとって「市民運動」とは吉野川第十堰の13年間がそのすべてなのだが,たとえ第十堰という一つのテーマであっても長期間かかわると驚くほどもの(本質)が見えてくることがあり,逆に解決したように思ってもまた逆戻りしていることに気づいて愕然としたりする。
  市民運動は特別のことではなく,日常の人生の一こまである。しかしまちがいなくその人生は深みと輝きが加わる。市民運動は人のせいにしないのが作法である。なぜなら受け身でするものではなく自分の意思でするからである。自己責任の世界であり,いわば「道楽」と考えるべきなのである。「道楽」と考えると人を批判したり人のせいにしなくてすむ。
  仲間を批判し仲間どおしで憎しみあい疲れ果てて去っていき,残された運動はまるで修行僧が必死に悟りを求めるような孤高なものになっていく,こうなっては困るのである。
  ぼくが柄にもない講師を引き受けたのは,市民運動はもっとポジティブで新しい発見に満ちたわくわくするものであり,共感をひろげ現実を変えられるものであるということを伝えたかったからである。いや,吉野川はいまだ終わっておらず,悩みを抱えるぼく自身こそ,忘れ物を見つけさらにパワーアップするために,一番楽しみにしているのかもしれないなあ。
学外からの聴講も自由ということなので関心のあるかたはどうぞ来てください。

集中講義「市民運動ーわくわくする運動が奇跡を生む」
「徳島方式」と呼ばれた住民運動がある。なぜ数人から始まった運動が大きな共感を呼んだのか。これまでの運動とどこが違うのか。どんな可能性をもつのか。13年間のさまざまな人間ドラマをふりかえりながらいっしょに考える。時代に立ち向かう勇気とヒントを見つけてくれるとうれしい。

1「市民運動」それとも「住民運動」?
2 わくわくしない運動は本物でない?
3「長良川と柳川の物語」感動と教訓を生かす
4「専門家としろうとの論争」住民にとっての科学を考える
5「住民運動の新たな戦略」住民が国に立ち向かうには
6「第十堰住民投票の会の奇跡」住民運動の新しいスタイル
7「表の民主主義と裏の民主主義」公共事業と2つの民意
8「恐るべし勝手連」市民が政治を動かす方法
9 住民投票の成功からなにがうまれたか
10「緑のダム」市民の手で流域の将来像を作る
11「川の学校」本物の川と人のつきあいを作る
12 住民運動からこの国のカタチを考えてみる
順序やテーマ設定は変わることがあります。

6月24日(土)10時00分~16時30分
  25日(日)10時00分~16時30分
7月 1日(土)10時00分~16時30分
   2日(日)10時00分~16時30分

京都精華大学アクセス 京都市左京区岩倉木野町137
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by himenom | 2006-05-27 02:09

5月25日(木)晴 国交省発表の意味するもの

23日の国交省の発表は、徳島新聞が一面トップ記事で報道した。国交省のおかげでぼくにもたくさんの反応をいただいた。
「うわー驚いた。全国一進んでると思った吉野川で、どうしてこんなことがおこるんですか」
これは県外の方。県内外を問わずこの反応が非常に多い。県内からはこんなメールも来た。「普通の県民にとって、この度の発表がどういう意味を持つのかがとってもわかりにくい。いったいどうなっているんですか。」

「ふうむ、確かにわかりにくいかもしれませんね。ぼくが思うに、いまの吉野川の局面の特徴は、①「各論」の第十堰は目に見える範囲では止まっている②「総論」での対立もあまり見えない、だからわかりにくいのではないでしょうか。物事がはっきり見え出す前はわかりにくいものですが、見え出したときは手遅れということも多い。初期段階での対処が大事なのですね。難しいものです。いいお知恵を貸して下さい。」

こんな返事を書きかけたぼくは、知人みんなに報告メールを出すことにした。以下がそれである。国交省の方針の意味はどう伝わっただろうか。

姫野です。昨日、国交省から新たな動きがありました。19日の四国地整との話し合いは、ブログに書いたとおり何を聞いてもノーコメントでがっかりしましたが、それからわずか4日後のきのう、突然に吉野川整備計画の検討方針を発表しました。
一読して15年前に戻ったような錯覚を持ちました。
河川行政は住民参加型から距離を置き始めているようです。
以下ご報告します。

今回の方針の特徴は、①第十堰問題は先送りする②流域委員会は作らないという2点です。国交省のここ数年の特徴は、可動堰を浮上させはしないが必要性だけはゆずらない、住民や研究者と第十堰について話し合いはいっさいしない、ということでしたから、この傾向が整備計画作りにおいてもはっきり出たという印象です。

第十堰については、吉野川全域でもっとも危険とあれほど吹聴してきたくせに、なんの説明もなく先送りにしました。これは河川管理者として説明責任を放棄したものです。ただ気になる動きがあってそれは、土木学会など新たな御用学者の権威を使って理論的な巻き返しをはかろうとしているのではないかということです。

吉野川のような注目河川では流域委員会は必ず設置されると多くの人は考えていましたが、見事にはずれてしまいました。3分野の意見を聴く会でいくら丹念に意見を聴いても、聞き置くだけとなる公算がきわめて高いと思います。流域委員会との決定的な違いは、議論により計画を練り上げていく場がなく、さまざまな意見のとりまとめは国交省の腹一つとなったことです。

学識者会議のメンバーは旧建設省時代からの審議委員の常連ばかりです。総合的治水策導入のうえで注目されている新しいテーマ、例えば「緑のダム」について新しい知見を主張できる学者は誰も入っていません。国交省は委員の人選を一方的に決めるという最大の誤りをしてしまいました。住民合意は困難になるかもしれません。

昨年12月7日、渡辺河川局長が①徹底した情報公開、住民参加で整備計画を作る②第十堰は治水文化両面から考える③河川整備は森林と一体でやる、と約束したのは何だったのでしょうか。整備計画については地整マターだと言ったのは逃げ口上に過ぎなかったのか、責任ある答えをもらわなければいけません。

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-徳島新聞- DATE:2006/05/24 13:01
住民・首長・識者別に意見 吉野川整備で国交省、第十堰以外検討

 国土交通省四国地方整備局は二十三日、吉野川水系の河川整備計画策定に向け、「抜本的な第十堰(ぜき)対策」に先行して「それ以外の吉野川の河川整備」の検討に入る方針を示し、学識経験者と流域市町村長、流域住民の三者に分けて意見を聞く場を設けると発表した。

 早ければ六月にも計画の素案を作り、三者それぞれから意見聴取を始める構えで、計画策定作業を本格化させる。

 この日、徳島河川国道事務所で開いた徳島県との「吉野川河川整備連絡調整会議」の終了後、四国地方整備局の舘健一郎河川計画課長らが県庁で記者会見して明らかにした。

 住民からの意見聴取は、愛媛、高知両県の上流域二カ所、徳島県内で阿波市岩津より上流側の中流域一カ所、岩津下流側の下流域三カ所の計六会場を設け、自由参加の「流域住民の意見を聴く会」を開く。併せてファクス、郵送などで意見を募るパブリックコメントや公聴会も実施する。

 当初の国交省案では県内は三カ所だったが、県の要望で四カ所とした。

 市町村長の意見は<1>愛媛、高知両県の上流域七市町村<2>三好、美馬、東みよし、つるぎの中流域四市町<3>徳島、鳴門、吉野川、阿波各市と石井、松茂、北島、藍住、板野、上板各町の下流域十市町-の三地域に分けて「意見を聴く会」を開催。学識経験者の意見を聴く「吉野川学識者会議」は治水、利水、環境、地域文化などの研究者で構成し、池田早苗徳島大名誉教授ら十八人を選任した。

 国交省は、意見を聴く場それぞれに、河川整備計画素案を議論のたたき台として示す考えで、素案に対する意見を踏まえて計画策定の作業を進める方針。

 三者から意見を聴く会について、舘課長は「各地域の意見を十分に聴くために適宜開く。各会場とも複数回は開くことになると思う」と話した。

 また市民団体から、計画を議論する場に先立って住民参加や合意形成のあり方を話し合う準備会を設置するなど、住民意見を十分反映できる仕組みを求める意見が出ていたことに対し、舘課長は「流域の多様な意見を丁寧に聴き、くみ上げるには今回の方法がいいと判断した」とだけ答えた。

 吉野川の河川整備をめぐっては第十堰可動堰化計画が二〇〇〇年に白紙になったのを受け、国交省が〇四年四月、県の要望を受け入れる形で「抜本的な第十堰の対策」と「それ以外の吉野川の河川整備」を分けて検討する方針を表明。昨年秋の河川整備基本方針の策定を受け、整備計画作りのあり方を検討していた。

 抜本的な第十堰対策については、可動堰以外のあらゆる選択肢を検討・評価するため、戦後最大規模だった〇四年の洪水の分析をはじめ、基礎調査を引き続き行う必要があるとし、いつからどのような形で検討するかは「現段階で具体的に決まっていない」(舘課長)としている。

 
URL:http://www.topics.or.jp/News/news2006052406.html>
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by himenom | 2006-05-25 19:48

5月23日(火)曇 「吉野川水系河川整備計画の策定に向けて」発表

「吉野川水系河川整備計画の策定に向けて」と題する文書が,今日,国交省四国地整から発表された。向こう30~40年間の吉野川のありようがこの整備計画によって決まってしまう。それがどのくらい大切かは第十堰問題を振り返ってみればよい。現在の計画(当時は吉野川工事実施基本計画と言っていた)が作られたのがいまから24年前の1982年であるが,このときさりげなく盛り込まれた「既設固定堰の改築」という文言が,実は「第十堰の可動堰化計画」のことであることを当時どれだけの人が知っていただろうか。それから10年後の1992年,これが建設事業として動き出すまでは,ぼくもそうだったが,ほとんどの住民はこの事実を知らなかったのだ。公共事業進め方のノウハウに「小さく産んで大きく育てる」というのがあるが,人知れずひっそりと計画に盛り込まれ,後戻りできないところまで進んでからその巨大な姿を現した可動堰計画こそはその典型であろう。それゆえいったん表に出た公共事業はいかに理不尽なものであっても止めることは至難の業であり,住民はそれを第十堰でいやというほど体験したはずである。
 
 そういう意味では,今回の整備計画作りは,住民に巡ってきた30~40年に1度の大事な大事な機会なのである。また国交省にとっても,これからの30~40年は異常気象の常態化というかつてない試練を迎え,ダムやコンクリートの堤防に頼る治水から「あふれる治水への転換」をせざるを得ない,という歴史的課題を背負った重大な機会なのである。大洪水があふれるのを想定した防災計画を立てる,場合によっては計画的にあふれさせることによって被害を減らす,そうしなければ住民の安全は守れない。そういう時代が目の前に来ているということである。(一昨年12名の死者を出した新潟県刈谷田川を見よ)そのような「治水の転換」をするために最も必要なものはなんだろうか。成否を分ける最大の鍵は住民にある。住民が川に関心を持ちそのような川の摂理を理解しない限り「治水の転換」はうまくいかないのだ。新しい治水は「住民参加」を抜きにしては成り立たないといってもよい。1997年の新河川法で掲げられた「住民参加」とはおかざりではないのである。渡辺河川局長が「整備計画作りは徹底した情報公開と住民参加でやる」と強調したのは,それが治水の転換という大仕事のために不可欠の行政手法だ,と決意したからではなかったのだろうか。

 では今回の整備計画作りの方針はどうだったか。本文はわずか3頁と短いものなので目を通して頂きたい。国交省の言いたいことは一読して判った。
①第十堰は先送りにする
②流域委員会は設置しない
まるで15年前の河川行政に逆戻りしたようだがこの2点に尽きる。これが我が国の河川事業で例のないほど住民の関心を呼んだ第十堰の扱いであり,歴史的な治水事業の転換という困難なテーマに対する国交省の基本姿勢であった。これが上記の河川局長発言から5ヶ月もかかってまとめた国交省の方針であった。ぼくは驚きあきれたが,やがてなんだか哀しく可笑しい不思議な気持ちになった。国交省は,要はけむたい住民とは話しあいをしたくない,ただそれだけのことだったのかもしれないなあ,とふと思ったからだ。だが舘計画課長はまだ若いからキャリアであろう。せっかく縁あって四国にきて吉野川40年間の住民の将来を担当したのではないか。河川官僚の誇りをかけて住民とがっぷり四つに組んでもらいたい。あなたがいつまで四国にいるかぼくは知らない。しかし恐らく死ぬまで吉野川を見て暮らすはずのぼくは,あなたが四国地方整備局河川計画課長である限りおつきあいをお願いし続けるしかないのだ。それが住民というものだ。
今回の方針はとうてい納得できない。聞きたいことはいっぱいある。近く先日の約束通り十分な説明をお願いにあがりたい。
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by himenom | 2006-05-24 02:32

5月21日(日)晴 残念!まるあそび中止

残念!まるあそびは中止となった。19日までの雨で池田ダムが2500トン/秒の放流をはじめたため、メンバーは前日から現地で待機し、すでに到着した参加者には増水の危険を知らせていたが、ついに深夜善入寺島へはいる潜水橋は濁流に沈んでしまった。20日朝7時半中止と決定する。担当の小畠さんのケータイは百数十件の問い合わせで2日間パンク状態となった。

イベントの完全中止は、吉野川シンポ始まって以来初めての出来事である。数ヶ月間、毎週こつこつと準備を積み重ねてきたメンバーの悔しさはいうまでもなく、テレビやラジオでこのイベントを知って期待をふくらませていた多くの人たちもさぞがっかりしたに違いない。昨日の朝、雑魚党の鹿熊さん、奥山さん、山口さんが、FM徳島「グッドモーニングサタデー」に初出演し、お魚に関する驚くべき博識の一端を徳島県民に披露してもらったのがせめても、というところだった。

さて雨の中たくさんの機材を搬入したばかりなのに、てきぱきと中止の後始末をしたスタッフはどうしたかというと、イベント運営の主力部隊となるはずだった「川の学校」の若者スタッフ20名は、その日の夕方には、なんと100キロ以上も離れた野田知佑さんの地元日和佐川に集結していた。来月開講の「川の学校」に備えるべくスタッフ研修に切り替えていたのである。

かれらは、りんさんからアウトドア料理の、雑魚党からは魚捕りの実技指導をしっかりと受けた。こういう転んでもただでは起きないしぶとさと明るさは、吉野川シンポの伝統?であろうか。まことに頼もしい。自然を相手にするとどうしようもない事態に遭遇するわけで、不平や不満をいってもしかたがない。むしろ大らかに受け入れ前向きにとらえ直すというセンスこそが大事なのである。なんだかひとの人生に似ているぞ、住民運動もおんなじだよなあ、と独り言をいいながら五月晴れの日和佐から帰途についた。
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by himenom | 2006-05-21 15:06

5月19日(金)雨 国交省ノーコメント

 朝から四国は大雨である。吉野川の河川整備計画を話し合うため,高松市の国交省に向かう。道中あすの「吉野川まるあそび」が開催できるかやきもきしていたせいか,高速道を乗り間違えたり降り間違えたりと今日は朝から調子がはずれ気味である。
 四国地方整備局では河川計画課舘課長が応対した。ぼくは冒頭言った。
「かつてのダム審の二の舞にならないよう,整備計画づくりは最初の段階から住民参加で準備会,流域委員会と進めてほしい。こう提言してもう5ヶ月になります。今日はその返事を聞かせてもらいにきました。」
 舘さんはぼそぼそと「まだ決まっていません。方針は近々出します。」と言ったきりで内容についてはなにもしゃべらなかった。参加者7名あきれて顔を見合わせる。5ヶ月前とまったく同じではないか。いったいあなたがたは5ヶ月間も何をしていたのだ。
「いろいろ調整がありますから」と言うので,
「では提言意見はどこからでているのか」と聞くと,
「提言はみんなの会とシンポの一件学者グループの一件の計2件です。あと連絡調整会議で県から意見を聞いています」と言う。徳島県は国交省の方針を待っているだけなので,なんのことはない。整備計画作りに対する意見というのは2件で,しかも2件とも住民参加で準備会や流域委員会を設置せよ,という提言だったわけだ。これでわかった。「調整」というのは四国地整内部のことだったのだ。実は,四国地整はすでに「肱川方式」という流域委員会の実施例を持っている。この肱川流域委員会というのは,日弁連や多くの研究者,市民団体から批判され,「全国最悪の流域委員会モデル」として一躍有名になったもので,かつてのダム審と同じ住民参加を嫌うご用審議会といってよい。2件の提言とは全く違って、新河川法の住民参加型とはほど遠い代物だ。四国地整はどっちをとるか迷っているだけではないのか。そもそもあなたがたは,ダム審を反省してあなたがたの先輩である建設省徳島工事事務所が2001年にまとめた「明日の吉野川の市民参加のあり方を考える懇談会」の最終提言「第十堰問題のいい解決に向けて」を読んだことがあるのか。
 参加者7名は若いのにのらりくらりと逃げる舘さんに次々と質問した。
「でも新しい治水計画の基準データとなるはずの観測史上最大の2004年洪水の解析はしているはずですよね」
「はい解析結果はでています」と舘さんは不機嫌そうに答えた。
 可動堰計画は,吉野川中下流のなかで第十堰周辺が最も危ない,という主張から生まれた。ところが中央橋16700トン/秒という既往最大洪水となった2004年23号台風では,旧建設省の主張とはうらはらに第十地点の水位は計画高水位に2m近い余裕があり,第十堰もこの大洪水にびくともしなかったのだ。他方吉野川流域では各所ではんらんし1289戸の床上浸水被害が出た。第十堰をめぐる旧建設省の主張は訂正してもらわなければならない。新しい洪水計画を作る大前提として,この事実をきちんとふまえてもらわなければならない。ことを勝ち負けやメンツの問題にしてもらっては困るのだ。都合の悪いデータであっても出してもらわなければ困るのだ。約1時間の押し問答のあとお昼のチャイムが鳴ってこの日の話しあいは終わった。私たちはどどっと疲れたが,舘さんが迷いながら漏らした「洪水解析結果」を情報公開請求して国交省を後にした。もちろんこのままでは終われない。
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
経 緯  
1昨年12月7日、吉野川河川整備基本方針の策定が、住民そっちのけでおこなわれ、しかも可動堰計画の必要性をにおわせる文言がみられたことから住民無視の古い河川行政を危ぐした住民側が、河川局長と面談した。

2渡辺河川局長は、吉野川の河川整備計画につき、以下3原則を約束した。
①整備計画は「住民意見の反映」「徹底した情報公開、住民参加」で作る
②第十堰は治水文化両面から考える
③森林と一体で河川整備を考える

3続いて21日,四国地方整備局に流域委員会と準備会の設置を提言した。舘河川計画課長は河川局長発言の具体化を責任をもってやると言明した。しかし内容についてはなにも答えず次回に意見交換をおこなうことを約束した。(それが今日の話しあい)
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by himenom | 2006-05-20 00:37

5月18日(木)曇 「吉野川まるあそび」に雑魚党登場

さて今年のまるあそびは、なんとBEーPALでおなじみの雑魚党がフルメンバーで登場するのだ。そう聞いただけで雑魚党を知っている人はたまらないであろう。昨日に続き「雑魚党」ってなんだ? というひとのために紹介しておこう。雑魚党とは知る人ぞ知る川遊びの達人グループのことだ。以下はユーモアあふれる彼らの自己紹介である。

雑魚党とは
野田知佑さんを党首に結成された川遊びの秘密結社。「一寸の雑魚にも五分の魂」「天は魚の上に魚を創らず」の精神で名もなき生き物たちへの愛と川ガキの復活を提唱。辛口の社会批判もするが、お笑いの得意なネイチャー・インストラクター軍団。平均年齢42歳。アウトドア雑誌BEーPALにて「月刊雑魚釣りニュース」を好評連載中。

まるあそびメニューその1 人間がら曳き
隣の人とハンドインハンドするだけで勝手にジンゾク(ハゼ科のヨシノボリの地元名ですね)が獲れてしまう。雑魚党が開発した川遊びの必殺技。魚にはさわりたいけどミミズつけるのはいやという軟弱な人。ジンゾクの唐揚げでおいしいビールをたらふく飲みたいというひと。・・20日の開会後本部前の川原に集まって下さい。

まるあそびメニューその2 夜遊び漁を補導せよ!ツケバリ川漁師体験
夕方、自分たちが捕った小魚をハリにかけ「ここが怪しい」と思った場所に沈めておきます。何がかかっているかは次の日のお楽しみ。去年はわくわくして眠れない子や大きなナマズが釣れて腰を抜かす子が続出!獲れた獲物はお昼に料理します。

まるあそびメニューその3 雑魚党夜のお楽しみ会
真面目なトークは苦手な雑魚党ですが、大事なことをバカバカしく伝えることにかけては天才級。大いに笑えてちょっとだけためになる、雑魚党らしい出し物を鋭意考案中。ご期待下さい!

という次第である。イベント初日の朝には雑魚党がFM徳島に出演します。20日(土)朝8時30分からの「グッドモーニングサタデー」を聴いてからイベントにどうぞ。ぼくも出ます。
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by himenom | 2006-05-18 18:43

5月17日(水) 雨 「吉野川まるあそび」が近づいてきた

5月20~21日に開かれる「吉野川まるあそび」は今年で6回目となるアウトドアイベントである。実はこのイベントで吉野川の魅力にとりつかれた人は多くて、今年も全国から吉野川ファンがキャンプ道具やカヌーをもって集まってくる。えっそんなの知らない、という人のために紹介しておこう。

「吉野川まるあそび」というタイトルで善入寺島の中州を開催場所にしたのは2000年からだが、イベントのもとをたどればさらに起源は古く、1994年の貞光町のひろい川原を会場にしたカヌーツーリング「吉野川DAY&NIGHT」にさかのぼる。

このときのメインゲストが野田知佑さん。カヌー一つで世界中の川を旅する野田さんは、日本におけるツーリングカヌーの草分けとして若者に絶大な人気をもっていた。日本におけるアウトドアブームや四万十川ブームは野田さんの存在を抜きには語れないであろう。

吉野川シンポのイベントも野田さんを抜きには語れない。
シンポのイベントのモットーはいつも「自由」と「遊び」であるが、それは野田さんの川の哲学に学んだものだ。いや哲学という以上に「自由」と「遊び」は野田さんの人生そのものである。若者はいつもこんなオトナにあこがれながら大きくなるのだ。

今回の「吉野川まるあそび」初日の夜は、吉野川の広大な川原でたき火を囲みながら野田さんの世界の川の話を聞く。興に乗れば野田さんのハーモニカ演奏も飛び出す。2日目は野田さんと10キロのカヌーツーリング。ここは吉野川中下流でもっとも吉野川らしい風景が連続する区間である。広い川原とうっそうとした竹林で両岸の堤防が見えない。こんな川の風景がまだ日本にあるのだ。初心者でも楽しめるのがいい。(続く)
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by himenom | 2006-05-17 15:20