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2月28日(火)晴 岩国の住民投票

 気ぜわしい毎日が続いてブログの更新ができない。ここ2~3日は自己破産の手続きやら個人再生の手続きやらで毎日夜なべである。きょうも確定申告の帳簿整理でいいかげん頭がくらくらしていたら,娘のようにかわいい川ガキから「大学合格しました」と久しぶりのメールが届いた。ついうれしくなって帳簿整理は中断しパソコンに向かってしまった。
b0050788_371116.jpg 18日岩国住民投票を成功させる会から勉強会のお誘いで岩国へ行った。米軍再編に伴い,岩国へ空母艦載機57機が移設されることの是非を問う住民投票が3月12日岩国市で実施されるのである。ここは常設型住民投票条例をもつ進んだ町であるが,投票率50%を切ると投票が無効になるという悪名高い50%条項が含まれているため,投票率が最大の攻防戦となるのは間違いない。住民投票反対派は必ずボイコット運動を仕掛けてくるからである。今日の朝日新聞は,艦載機移設「反対」71% という住民投票前の世論調査結果を載せている。艦載機反対の民意は圧倒的である。だがこの記事はおそらくボイコット運動を加速させるであろう。これからが岩国市民の正念場となる。だが悲観する必要はまったくない。その理由はこうだ。ふるさとの将来に対する住民の直接の意思表示は根元的でおもいものだ。理屈抜きに誰からも一目おかれる。それは相手が国であろうが変わりはない。ふるさとには千年二千年のひとと自然の営みが、愛憎の記憶とともに詰まっているので,国とはいえ無視することはできないのだ。かといって下手にさわれば祟られる。中央集権思考にとってはまことに始末が悪いのである。
 「住民」という存在の重さと強さはこの一点にあるといってよく,住民投票の本質もまたここに凝縮されている。それはテーマに賛成か反対かという枠組みとは違う新たな枠組み,住民自身で町の将来を考えるべきか否かという新たな枠組みが生まれる,ということである。それは強い共感を呼ぶ。住民たちがふるさとの未来を真剣に考えて一票を投ずるのをみて,だれが軽々しく批判できるだろうか。
 ボイコット運動はそれを否定しようという運動である。やるならやってもらえばいい。徳島がそうだったように,住民投票運動が純粋でありさえすれば,ボイコット運動はやればやるほどその卑劣さが市民に伝わっていくものである。卑劣であればあるほど市民のプライドは目覚める。目先でなく将来を考える。住民は学習し民度は確実に一段上がる。それは必ず投票率に跳ね返ってくるものだ。
b0050788_37536.jpg 住民投票は政治の世界にあるが,それは従来の政治に収まらない政治である。純粋であるほどいい。住民投票は賛成運動や反対運動のために利用しようという下心がでれば,とたんに神通力を失うと考えたほうがよい。3月12日,岩国市民がこの町に住んでいてよかったと誇りに思えるようないい日になってほしいと思う。
 
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by himenom | 2006-03-01 03:09