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1月29日(日)晴 緑のダム研究の最前線

焼き物で有名な瀬戸市で,暖かい小春日和の1日を過ごした。
「緑のダム研究の最前線」と題する東大愛知演習林のシンポジウムはなかなかおもしろかった。

「いかなる森林でも降った雨はいったん必ず土壌に浸透する。従って人工林の手入れをしても緑のダム効果の向上は期待できない。」国交省が金科玉条にしてきたこの定説の誤りはほぼあきらかになったのではないか。

まず,定説では発生しないはずの地表流が放置人工林で発生する事実が明らかにされた。それはなぜか。①定説の根拠とされたこれまでの浸透能調査方法は円筒管測定法と呼ばれるもので,実際よりも高い値がでてしまうこと③調査が行われた70年代前半は裸地化した人工林(放置人工林)はほとんどなかったこと,にあるのだという。

また森林に降った雨は,土砂降りのときほど蒸発が増えて,洪水を緩和しているが,そのわけは豪雨になるほど樹冠にあたって発生する水しぶきが増えこれが2~3m落ちる間に蒸発するためだ,というメカニズムにあったこと。

山地に降った雨が川に流れ出るとき,これまではほとんどが土の中から出てくると考えられてきたが,実は60%~90%が岩盤の中を通って出てきた水であるという。酸性雨を中和しているのも土ではなく岩盤だという。

最後に,人工のダムにはありえない緑のダムの優れた機能として「森林の土砂流出の抑制機能」が取り上げられた。川に流出する全土砂量の4分の1は表層土壌の浸食によるもので,天然性林やよく手入れされた人工林は森林荒廃流域に比べ土砂流出を食い止める効果が明らかに高いこと。
 
意欲的な研究発表を聞きながら,ここ数年森林の「緑のダム」の研究は着実に進んでいると実感した。シンポジウムには若い研究者がたくさん参加していたことがうれしかった。フライブルグはなぜ環境首都になったか,という今泉みね子さんのお話を思い出した。ぼくは彼らの目をみながら,市民の期待に応える研究者が高い評価を受ける時代がかならずきますからがんばって,とあいさつした。
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by himenom | 2006-01-30 00:04

1月8日(日) 早とちり

たとふれば 独楽のはじける 如くなり 虚子
とだけ書かれた年賀状をいただいた。
達筆である。
だが差出人の名はない。

ぼくは考えこんだ。
考えざるをえないほどの達筆である。
だれがくれたのか。
どんな意味か。

そして,ついにわかった。
あの方に違いない,よし。
確信を持って礼状をだした。
句の解釈を添えて。

さっそく返事が来た。
「あいにくですが出しておりません」
見事な早とちりとなった。
やれやれ,今年もいろいろ起こりそうである。
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by himenom | 2006-01-09 00:33

1月7日(土)晴 老先輩のやり残したこと

 年末に司法書士の先輩から送っていただいていた「戦後60年 旧満州東部戦跡を訪ねて」という本を読んだ。80歳になるその先輩は,憲兵として旧満州に配属されたが,翌年敗戦となり,厳しい逃避行の末,九死に一生を得て日本に帰国した体験を持つ。帰国後は裁判所書記官,司法書士をしながらも「やり残した」思いがずっとつきまとってきた。その思いが昭和60年中国残留孤児の支援活動に向かわせた。孤児一家を中国から引き取り,毎年のように満州に調査に行く精力的な活動が始まるのである。

 かれの「やり残した思い」とはなんだったのだろうか。本にはこんな文章が載っている。「ソ連参戦とともに軍主力は逃げ,無条件降伏後も,婦女子を中心とした開拓団が,一戦を交えたりしているのです。歴史上かつてこんな戦争があったでしょうか。」
 満州開拓団は,植民地経営のために内地から送り込まれた民間人の大量移民集団である。徳島県内だけで18団体が行ったという。日中戦争が勃発すると,こんどは16歳から19歳までの未成年まで投入されるようになる。全満州の開拓団は30万人,うち9万が未成年であった。

 この多くの子どもを含む30万人は,昭和19年ソ連軍参戦によって大混乱に陥り流浪する難民となってつぎつぎと倒れていく。かれらを保護すべき軍はいなかった。「満州遺棄作戦」これが大本営と関東軍の作戦だったからである。大量の中国残留孤児はここから生まれたものだ。戦争を行う国家と軍隊というものの冷酷は,国策として送り込んだ自国民であろうと,いつでも国策の名で遺棄できることである。

  このことに 「日本の国家は,全責任を問われなければならない筈である。」
にもかかわらず,いまなお孤児たちに取り合おうとしない,この国はいったいどうなっているのであろう。帰国後,まじめに実直に平和な日本で生活を送りながら,老先輩はいたたまれなかったのに違いない。 もう10年以上お目に掛かっていない老先輩の,穏和な仕草を思い出しながら心をこめて,お元気で長生きしてください,と礼状を書いた。
 
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by himenom | 2006-01-08 00:16

1月5日(木)小雪 ながいながい風

ふたたびは わたらない橋の ながいながい風 

山頭火ただ一つの吉野川の句ではあるまいか。
時代が急速に戦争へ走り出す昭和14年、
この句を徳島に残した山頭火は, 翌年58歳で死ぬ。

  ふたたびは わたらない橋の ながいながい風

おとどしの春がすぎて、ときどきこの句を思い出す。
わたってしまった橋のその先に吹く風は、
追い風なのか、それとも向かい風。いっそ風まかせ。

すでに山頭火と同じ時間を使い切ってしまったが、
けれどまだすることが残っているので、
「コロリ往生」はちょっと待ってな、
と山頭火のまねをしてぶつぶつ言ってみた。
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by himenom | 2006-01-06 00:24

今年の目標

新年おめでとうございます。
12月の寒波から一転、意外と暖かいお正月でした。
ゆっくり過ごされたことでしょうね。

ぼくはいつものことですが、毎日事務所で資料整理に追われました。
手間のかかりそうな書類ほど、処理ができないまま積ん読状態なので、
毎年この時期になると、反省しながら整理をするのです。

今年もっとも恐縮しながら、お詫びとともにお手紙の返事を書いたのが、
なんと真夏に、吉野川渇水についていただいたご意見への返事でした。
さすがのぼくも、なんぼなんでもこれではいかん、と真剣に反省し、

よし今年は、できる限りすぐ処理をしよう、と決めました。
後回しにしないで、まず必ず返事をする。
一期一会のつもりで、誠意をもって人にあたる。
これを今年の目標にしようと思います。

まず年賀状の返事を今日一日かけて書き上げました。
こんな賀状がありました。
「犬の遠吠え。変調を来している世界では、正気で元気で、
しかも楽しげに吠え続ける気力が大事です。今年もよろしく」

正気で 元気で 楽しげに 吠え続ける 気力
なによりも「続ける気力」
原点を思い出させてくれた年賀状でした。
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by himenom | 2006-01-03 21:54