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9月29日(木)晴  第十堰は風化しない

昨日は,吉田ます子さんの県議会代表質問が注目を集めた。26日,国交省の基本方針検討小委員会で基本方針原案が承認された。原案には「洪水の支障となる既設固定堰」に対し「必要な対策」をとる。と盛り込まれていた。これは第十堰をさしており可動堰復活の含みを残す。委員会では飯泉知事の代理下安氏がこれを了承したため,吉田県議は「可動堰以外でと要望しておきながら矛盾するではないか」と知事を追求したのだった。

知事は,市民が多い傍聴席が気になるふうであったが,何度聞かれても「要望通りやってくれると期待している」を繰り返した。残り10秒で4回目を聞いたます子さんに,根負けしたのか知事は一言「(可動堰以外でという方針は)いささかも変わりはありません」と断言した。ぼくは,よくがんばったね,とます子さんに拍手した。

おもしろかったのは,委員会での下安氏の発言に触れたくだり。下安審議官は開口一番「第十堰の件では大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という趣旨の発言をしたのだそうだ。ご本人が国交省から出向しているためつい言ってしまったのか。霞ヶ関の実家に帰った安心感がそういわせたものか。ます子さんが発言を「ご披露」したとたん,議場は失笑で一瞬どよめいた。下安さん,県が謝る相手は国交省ではなく県民でしたよね。

新聞報道で心配した市民が50人くらい傍聴に来ていた。やはり第十堰問題となると市民の反応は早い。この10年の体験は簡単に風化しないのだ,とぼくは改めて第十堰の衝撃力の強さと深さに舌を巻いた。
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by himenom | 2005-09-29 23:53

9月26日(月) 晴  13年前へ時間旅行


今日,東京から帰ってきた。タイムカプセルで13年前に時間旅行をしてきたような気分だ。
霞ヶ関の河川整備基本方針検討小委員会の結論は,「第十堰は治水上支障となる固定堰」だから放置できない,というものだった。

事務局である国交省から出された第十堰の基本方針の根拠資料は,「せきあげ,深掘れ,老朽化」昔懐かしい?ものばかり。住民に完璧に論破されたこれらの資料を,こっそりと霞ヶ関の会議室に再び持ち出して,あっというまに「対策が必要」という結論をまとめてしまったわけである。

この委員会の委員は,元農水省構造改善局次長の森田氏ほか,官僚がずらり,河川工学の委員はダム推進派がずらりと並んでいる。委員長の近藤徹氏は,なんと元建設省河川局長で,現在は(財)水資源協会理事長である。

代表的な委員の発言を,残しておこう。福岡捷二中大教授(雑誌「世界で」大熊孝教授と基本高水論争をしているダム推進派の河川工学者)
「ビジョン報告書を書いた人は,治水のあり方を知らない人でないか。私は河川工学者だ。第十堰を残すことは非常に問題。行政は住民グループに対し弱腰すぎる。」

かつてダム審で「可動堰が妥当」と言った辻本哲郎,鈴木幸一両教授も委員になっており,「原案妥当」と意見を述べた。

最後に近藤委員長が「私の専門は安全工学だ。第十堰は250年持ってきたかもしれないが,仮に1%でも危険性があるならばも認めるわけにはいかない。」そこで「原案を承認して河川分科会に送ることにする」とまとめた。

地元知事として出席した飯泉嘉門氏(代理下保修氏)も「原案でけっこうです」と言ったが,ちょうどあす県議会で吉田ます子さんの代表質問がある。今日の顛末をすべて見届けた吉田ます子さんが飯泉知事に質問する。午後4時予定。ぼくも傍聴に行くつもりだ。

どうも国交省は,この13年間からなにも学んでいないようだ。
もう可動堰は復活させない。
傍聴が終わったあと,市内で報告会を持ちたいと思っている。
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by himenom | 2005-09-27 01:45

9月25日(日) 晴  「吉野川可動堰への未練を断て」

今朝の朝日新聞社説のテーマは,ズバリ「吉野川可動堰への未練を断て」
あす開かれる国交省の河川整備基本方針検討小委員会の審議へのメッセージである。
 
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 吉野川は「四国三郎」と呼ばれる大河だ。その下流で大規模な可動堰(ぜき)をつくる計画に対し、投票者の9割が反対した徳島市の住民投票から5年余りたつ。計画は事実上凍結されていた。

 ところが、国土交通省は可動堰をつくることに含みを残す基本方針案を決めて、大臣の諮問機関である審議会の小委員会に提案した。小委員会は吉野川を整備する基本方針を審議する。

 「治水上支障となる既設固定堰については、必要な対策を行い、洪水を安全に流下させる」との文言が盛り込まれた。

 「必要な対策」の内容ははっきりとは書かれていないが、素直に読めば、江戸時代に築かれた「第十堰」と呼ばれる固定堰を取り壊して可動堰をつくることをあきらめていないと見るべきだろう。国交省河川局は住民投票の後も「可動堰の方がすぐれている」と主張してきた。

 しかし、地元の住民の意思はすでに示されている。いつまでも可動堰にこだわっていては、時間を浪費するだけだ。国交省は可動堰の計画と決別して、堤防を強化するなど、ほかの手段へ転換を図るべきだ。

 約1千億円をかけて吉野川に可動堰をつくる計画は80年代に動き出した。

 だが、大規模な堰は水質を悪化させる恐れがある。アユがさかのぼりにくくなるなど生態系への影響も心配だ。一方で、石積みの第十堰は豊かな自然と調和し、住民の憩いの場になってきた。

 徳島市の住民投票は、そうしたことを総合的に判断した民意だった。

 徳島県の飯泉嘉門(いいずみかもん)知事も「可動堰はやらない」と発言して、03年5月に初当選した。昨春には国交省に「可動堰以外の検討を」と求めている。

 「流域住民の意見を反映させた河川整備の推進」という河川審議会の答申を踏まえ、河川法は97年に改正された。その理念からいっても、国交省は一刻も早く可動堰をあきらめるべきだろう。

 気になるのは、基本方針を審議する小委員会の人選だ。28人の委員は、元河川局長が委員長を務めるうえ、4県知事のほかは、これまでの河川行政に肯定的な専門家ばかりが目につく。住民投票で示された民意を代弁する人はいない。

 小委員会では、可動堰のほかにも重要なことが審議される。吉野川の治水対策は「何年に1度の洪水」に備えるのか。その方針を決めるのだ。

 これまでの河川行政は、もっともっと安全性を高めなければならないと主張し、多くのダムをつくってきた。その結果、公共事業がふくれあがり、河川の様子がすっかり変わった。

 治水上の安全をどこまで見込むのか。自然をどこまで残すのか。そうしたことについても、流域に暮らす人たちの意見を反映させなければならない。

 可動堰の計画を撤回するのはもちろんのこと、河川のあり方を審議する方法を改める。それが国交省がただちに手をつけるべきことだ。

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by himenom | 2005-09-25 08:54

9月24日(土) 曇 国交省委員会へ要望書

ちょうど12時,国交省徳島事務所の職員さんが,書類を取りに来た。
26日の基本方針検討小委員会へ提出する要望書とビジョン21委報告書を,国交省が28人の委員に送ってくれるというのである。

ぎっくり腰が気になっていたぼくには,ありがたい話なのだが,なぜこんなに親切なのかなあ,と思ってしまった。それは「要望書を出したいんですが」とHPで見た河川局河川計画課に電話をしたら,最初は「ダメです」とまったくとりつくしまがなかったからである。

まさか,26日にまにあうように形だけ整えておいて,審議はしたけど採用できない,というアリバイを作るために,若い職員さんを土曜出勤させたのではないでしょうね。26日にもう実質審議を終わらせてしまう,といううわさを聞くにつれ,ついそんな勘ぐりもしてしまうのである。

ま,ともかくは出すものは出した。26日の上京が楽しみである。
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by himenom | 2005-09-25 00:18

9月22日(木)晴 来週は国交省に行く

今日,国交省河川局は,ホームページで吉野川整備基本方針(原案)を発表した。
注目点は,2点あった。新たなダムは作るのか。可動堰は作るのか。
1 基本高水は変えない。よって「洪水調節施設」が必要。(「ダム新設」を言い換えただけ)
2 第十堰は,洪水の支障となる。よって「対策」が必要。(「改築」を言い換えただけ)

われわれの考えは,次のようなものだ。
1 基本高水は過大。現状で新設ダムは不要。森林の改善でさらに洪水流量を減らすべき。
2 第十堰は洪水障害になっていない。文化遺産として積極的に保全すべき。

その科学的根拠がある。
13人の学者グループ「吉野川流域ビジョン21委員会」の報告書である。3年間の現地調査に基づき,森林の洪水防御力「緑のダム」機能を,1級河川の解析に使った日本で初めての研究報告だ。3200万円の研究費は半額が市民のカンパ,残りの半額が徳島市の支出である。これも前代未聞であろう。

さらに昨年の連続台風豪雨だ。
23号台風の岩津地点のピーク流量は毎秒16400トン,吉野川観測史上最大の洪水だったため,可動堰計画の検証にもってこいのケースとなった。結果,第十堰の影響範囲はびくともしなかったが,第十堰以外の箇所では2600戸の床上浸水や,下流川内堤防の欠壊など吉野川全流域に甚大な被害が出た。計画の誤りは明白だ。20年間,数十億円もの金を使い,可動堰に血道を上げた結果だ。どう責任をとるのか(と,これは国交省の口癖のまね)。

もし検討委員会が,科学的,中立公正に審議をするのであれば,基本方針の根幹に関わるこれらの点について,十分に議論する責任がある。そこで,ビジョン報告書と意見書を28名の委員全員に送ることにした。これは国交省が責任をもって送ってくれることになった。

さて,この基本方針原案を審議する検討小委員会は26日に開催される。委員のほとんどは知らない方ばかりであるが,われわれの提言をどのように議論するのか,まずは予断を持たずに見てみたい。そこで,26日は久しぶりに国交省に行くことにした。

当日のスケジュール
10時~12時 河川整備基本方針検討小委員会 
        国交省11階 特別会議室
        傍聴(当方から3名予定)
13時~13時30分 記者クラブ会見室で記者会見
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by himenom | 2005-09-23 00:47

9月21日(水)晴 後藤田正晴氏逝去


徳島を代表する政治家,後藤田正晴氏が亡くなった。享年91歳。
晩年は「平和主義者の政界ご意見番」として人気があったが,現役時代は「カミソリ後藤田」として政敵に恐れられた。その怖さは,権力中枢が持つ個人情報の駆使にあったという。

ある高名な経済学者が,後藤田氏の部屋に呼ばれた。用件は「やっかいな委員職を引き受けてくれ」というものだった。その先生は断ろうと思ったが,ふと目の前の机の上の一枚の紙が目に入った。紙には,自分の昨日1日のプライベートな行動がすべて書かれていた。      「ぞっとして,断れなかったよ」 先生は肩をすくめた。

13年前,可動堰問題が注目を集め出した頃,ぼくはロータリークラブとか,商工会などの勉強会に呼ばれることがよくあった。そこで徳島経済界の有力幹部が「第十堰問題を本気で取り組むならあなたのやり方はなまぬるい」とアドバイスをくれたことがあった。 「第十堰は『後藤田堰』といわれているのを知らないの」  「・・・」  つまり可動堰計画のバックには後藤田氏がいる。大変な利権だ。半端なことでは勝てないよ。と彼は言ったのだった。

ぼくは,当時の広中和歌子環境庁長官に,第十堰問題の陳情にいったときのことを思い出した。初めて議員会館に入り,徳島選出の国会議員全員にあいさつにまわったが,後藤田氏の事務所だけが異様な対応だった。秘書さんは一瞬迷った後,「うちは建設側なのでお引き取りください」とぴしゃり断ったのである。ぼくはそのあざやかさに,さすが後藤田氏と感心したものだった。

さらに5年前のことである。住民投票の後,公共事業の最高実力者亀井静香氏が「可動堰は中止」の方針を固めたとき,徳島県の推進派が必死の思いで頼みにしたのが後藤田氏だった。後藤田氏と亀井氏の間にどんな暗闘があったかわからない。だが,あれよあれよという間に,方針は「中止」から「白紙撤回」へ,さらに「撤回」が消えたのだった。

後藤田氏なきあと,その地盤は水野真紀の夫後藤田正純氏が引き継いだ。まだ30代の若さで吉野川のことなどほとんど知らない正純氏だが,いまなお「可動堰は必要」と言っているそうだ。この時代錯誤。この執拗さ。まさに「後藤田堰」というほかはない。

そうそう,もう一つ思い出した。
昔,筑紫哲也氏が「クリーンかダーティか,タカかハトか」という基準で,政治家の分類をしたことがあった。お金や利権にきれいかどうか,平和志向か武力志向か,という物差しをあてると,「クリーンだけどタカ」派と「ダーティなのにハト」派がけっこう多くて有権者は困ってしまう,というような話だったと思う。

そのとき筑紫氏が,後藤田氏の姿をどう思い浮かべていたのかは知らない。
だが,加藤氏,野中氏,橋本氏,亀井氏とハトたちがつぎつぎに表舞台からおりて,小泉タカと前原タカの新しい配役ができたときに,後藤田氏も逝った。「可動堰」もいよいよ舞台から消えるときである。
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by himenom | 2005-09-22 01:51

9月20日(火) 晴 河川整備基本方針検討小委員会の案内 

河川整備基本方針は,「川の憲法」のようなものだ。
それを,住民に隠れて審議するのはけしからん
と,16日のブログで怒った。

ところがそのあと,国交省のHPを見たら,委員会開催の案内
ちゃんと載っているではないか。「???」
あれ,前に見たときには載っていなかったのになあ。
ぼくも目が薄くなったかな。国交省さん,ごめん,と思いかけたとき,謎が解けた。
委員会の日は16日。その案内の日は15日。
なんと案内が載ったのは委員会開催の前日だったのだ。
確かに,秘密ではないのはわかるよ。けど,翌日の朝の会合を前日に案内するかい?
忙しい人や遠方の人はいけるはずがないじゃないか。

そこでぼくは直接国交省の河川計画課に電話した。
「次回の吉野川の基本方針検討小委員会はいつですか」
職員氏は,教えてくれたので,控えておこう。
次回委員会は,9月26日10時。国交省11階特別会議室。傍聴できる。
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by himenom | 2005-09-21 00:52

9月18日(日)晴 鮎喰川で川の学校

鮎喰川(あくいがわ)は吉野川最下流の支流である。ダムがなく水がきれいで魚が多い。鮎がおいしいので昔から有名。地元の人に「おお,この鮎はスイカの香りがしますね」とほめると「並みの鮎の匂いはスイカ。うちの鮎はきゅうりの香りじゃ」と機嫌が悪いというから,川自慢のほどが想像できるだろう。

b0050788_0433262.jpg川がいいから,あちこちに地元の川ガキの姿が見える。ひときわ貫禄ある川ガキがヤスを片手に,にこにこと寄ってきた。なんと2期卒業生の耕生である。彼は自転車で県内の川を渡り歩いているらしい。 川の学校も5年目になった。                                                

今年,一期卒業生の拓也,2期のあや,4期のえいがスタッフになって戻ってきた。

b0050788_04444.jpgぼくは,久しぶりに,森口さんに友釣りをさせてもらった。すぐちいさなやつが1匹掛かった。目の前にもう彼岸花が咲いていた。
日が落ちて虫の声が川面いっぱいに聞こえている。山の上に中秋の名月が上ってきた。   

野田さんが上機嫌で目を細めながらいつまでもハーモニカを吹いていた。
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by himenom | 2005-09-19 00:48

9月16日(金)晴 国交省が抜き打ち審議会?

霞ヶ関で河川整備基本方針検討小委員会が開かれた。
記者発表もなく,国交省HPでも発表しない抜き打ちだから,驚いた。
吉野川整備基本方針の国交省原案がはじめて示されたようだ。
150年に1度の基本高水のピーク流量は毎秒24000トン。それを,ダム等で6000トンカットして,岩津地点の計画洪水は18000トンにする。早明浦など既存ダムの洪水調節は3000トンだから,新たなダムを4つ作る計画は生き残る計算だ。いままでとまったく同じである。

新河川法のもとでなぜ変わらないのか。問題の第十堰はどうなっているのか。
そもそも住民投票まで実施された吉野川の将来像を,住民にいちども説明することもなく,
なぜ住民にかくれて審議しなければならないのか。
まるで可動堰計画が秘密に始まったのと同じではないか。国交省はこの10年いったいなにを学んだのだろう。小泉台風というが,霞ヶ関は無風ではないか。
疑問だらけである。
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by himenom | 2005-09-17 01:57

9月10日(土)曇 水槽のフナと小泉さん

姫野事務所のカウンターには,二〇年近くになる古い水槽がある。
吉野川で掬ってきたマブナ,バラタナゴ,カワムツ,ジンゾク,スジエビがいるのだが,15匹ほどいるマブナが最大勢力である。5月のイベント「吉野川まるあそび」で掬ってきた川底の土に,卵がついていて,水槽のなかで次々に誕生したというわけだ。50匹はいただろう。
孵化したマブナを観察していると,2つのタイプに分かれることに気がついた。

 まず,食欲旺盛で動きが速いタイプ。これは人の姿をすぐ覚え真っ先にえさに飛びついてくるから,すぐ大きくなる。自分より大きなタナゴやカワムツともえさを奪い合うたくましさ。まず生き残れるタイプであろう。

 もう一つは,食い物にはあまり関心がないタイプ。ぶらぶら泳ぎながら,元気魚のえさの取り合いを,少し離れて観客のように見ている。だからあまり大きくならない。
自然界では生きていけないタイプであろう。

 ぼくは気が気ではなく「ほら早く大きくなれよ」と鼻先にえさをやるのだが,迷惑そうに後ろに下がって,ただ見ているだけなのだ。「おまえはナマズのえさになってもいいのかよ」と怒ってみても同じである。

 こういう2つのタイプは,もともと先天的なものなのか,それとも後天的にできるのだろうか。自然界でもこんな無気力派のフナ集団が存在するのか,などとと考えていた矢先に小泉さんの絶叫するのがテレビに映った。
 
 小泉さんが,参院否決を受けて「国民の皆さんに問うてみたい」と解散に持っていった政治手法は,国,県,自民党とダム審の可動堰推進に対し,住民投票へさらに市議選へ土俵を転換させて民意の審判を求めた徳島の住民運動と同じ手法であることにお気づきだろうか。
先手必勝,実に鮮やかである。受け身の野党は太刀打ちできないはずだ。

 ただ違う点は,次の1点である。

「民主主義社会における市民の役割は,
観客になることであって,行動に参加することではない」

なぜならば 

「大半の人間は感情と衝動に突き動かされて行動する。

だから,理性を持った人間が,『必要な幻想』を作り出し,
人々の感情に訴える『過度の単純化』を提供して,
愚かな人々を導かなければならない」

ノーム・チョムスキーによれば,これがアメリカ現代政治学の主流の考えであるという。
 
徳島の運動が,この考えに真っ向から挑戦して,これをひっくりかえしたのに対し,
小泉さんの手法はこの考えを忠実になぞり戦術化したものだ。
小泉さんと徳島が決定的に違うのはこの点である。

作られた「幻想」と「単純化」であらぬ方へ導かれるのはごめんこうむりたいが,さてこの選挙「統治される人々」と「統治する人々」の関係に,どんな変化が起こるのか起こらないのか,きちんと見守っていかなければ。
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by himenom | 2005-09-11 04:08