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のらーりくらーり国交省

今日25日、みんなの会から、国交省徳島工事事務所へ、緊急に第十堰(上堰)の保全措置をするよう申し入れに行った。行ったのは山下代表、巣山くん、村上市議、それとぼくの4人。マスコミも10人以上と久しぶりになかなかにぎやかであった。

見事な青石組みが評判の上堰は、昨年の連続洪水で損傷を受けた。六条大橋周辺に発達した砂州によって、洪水流が上堰を直撃するようになったためである。今年もし昨年のような洪水が相次げば、大規模な崩壊を起こす公算が大きい。そうなると日本に2つとない歴史遺産の修復はきわめて難しい(徳大の岡部教授は不可能だと言い切った)。ぜひとも夏の出水期までに応急処置が必要なのである。

ところが昨日発表された国交省の応急補修計画には上堰はなぜか入っていない。
そこでぼくは聞いた。
「上堰は出水で壊れないとの考えか」
田村副所長「それは検討して・・・」
「それとも、壊れてもかまわないということか」
田村副所長「いや (むにゃむにゃ)」
「もし壊れたら取り返しがつかないではないか」
田村副所長「上堰はなくても分水は支障ないですから」
「ええっ」
田村副所長「いや、第十堰は上堰下堰一体ですから」
こんな調子で1時間のらーりくらーり。

みんなの会は、この3ヶ月間、補修計画に対し3度の意見書を提出した。あかめやなぎの伐採だけは4年越しに実現したが、洪水流の変化によって流失しそうになっている上堰本体については、国交省はどうやら知らん顔を決め込む腹のようである。

ふーむ、本音が見えてきた。国交省は上堰が無くなってくれればありがたい、と思っているのではないか。歴史的文化遺産認定だけはやばい。コンクリートの下堰だけになってしまえば文化的価値がないからこわくないもんね。可動堰も復活できるかも。近代河川工学のセンセーも上堰不要論のようだ。よし、ならばその始末は洪水にまかせて放っておこう。しめしめ。

といったところか。いやいや、国民の財産である第十堰を、河川法によって管理している国交省が、そんなよこしまなことを考えるはずがない。河川審議会も、河川伝統技術の活用や既存施設の活用を言い、住民の川への願いを聞き入れるよう繰り返し提言しているしね。

さてどちらの分析が正しいか。わかっていることは、もし昨年なみの洪水が連発すればこのままでは250年の文化遺産はもたない、ひとたび大規模崩壊すれば修復は大変難しい、ということである。あさって27日は第2回目の第十堰公開形状調査。ぼくも参加する予定だ。
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by himenom | 2005-02-25 17:49

「世間」という社会

先週の朝日新聞opinionに、阿部謹也氏(一橋大)が出ていたので、おおっと、朝ご飯食べながら切り取って仕事場にもってきた。

阿部先生は、日本人は2つの世界で暮らしているという。一つは明治近代化以降の公的なことばの世界。もう一つは義理人情に代表される伝統世界で、阿部さんはこれを「世間」と呼ぶ。

「日本人は政治家も学者も自分の世間をもち、その人たちと対話する。」これではだめだ。と阿部さんは言うのである。「異国」を意識しないと日常の繰り返ししか見えないのだ、と。

なるほど、そうだ。発見とか、夢とか、わくわくする創造は、異質なものと異質なものが出会うから生まれるのである。仲間社会は居心地がいいが、居心地がいいということは外の世界と壁が出来ているのだ。すると「世間」はだんだん狭くなる。

そういえば、吉野川でも建設省や推進派を引っ張り出すことにこだわってきたなあ。それは第十堰の世界を仲間内の世界にしたくなかったからだ。運動が大きくなった理由はその辺にもあった。でも過去は過去。「世間」という殻はいつの間にか出来てくる。殻をやぶって出歩かなくては。
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by himenom | 2005-02-22 23:08

官僚人生

きのうきょうと続いて第十堰問題の話をする機会があった。2日とも住民投票当時の建設省工事事務所長 OK 氏の話題が出た。建設省住民対応の切り札 OK 氏の「完敗」は、本省にとってたいへんなショックだったそうだ。

 OK は自信満々白兵戦にもちこみ敗れた。住民は勝ったがそれまでの徳島方式は消えた。そのことに気づいたひとは少ない。OK は完敗したのではなく刺し違えたのだ。この寝技師が戦いに敗れてなお建設省のために残した戦果はそれだ。

 だが、いったん本省の海岸砂防課に戻されたかれは、いま兵庫県の理事になって神戸にすんでいるという。OK氏の官僚人生はまことにむなしい。

このほど国交省は「みんなで第十堰の樹木を刈りとろう」を3月6日に実施すると発表した。住民が新たな徳島方式をどう生み出すか、これからがたのしみである。
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by himenom | 2005-02-22 01:40

河合栄次郎を思い出した

偶然、今日は河合栄次郎の命日だと知った。東大の経済学者で、2.26事件のあとファシズム批判をして教壇を追われた人だ。異色なのはかれがマルクス主義者ではなく自由主義者だったことだ。

大学に入ったばかりの頃、ぼくはこの人の本を熱心に読んだことがある。60年代後半は世界的団塊的若者文化がひろがりつつあり、(自称)革命家 とか(文化人的)マルクスボーイ とかいっぱいいて、自由主義だの河合栄次郎だのは、かびくさくてダサイと小馬鹿にされた。

ダサイというのは若者にとってはゆゆしいことで、ぼくはすこし恥ずかしかったが、学問のために体を張ったオトナとして尊敬した。若者にとっては、口先だけでなく体を張れる人かどうかも、大事なことだったのである。

河合先生が思想的理由で大学を追われた1939年のこの年は、河合事件のあと「映画法」ができ「宗教団体法」ができた。文化の国家統制である。続いて国民精神総動員委員会による日常生活への国家の干渉、さらに朝鮮人「創氏改名」へと続く。

ファシズムのこわさは、気づいたときには手遅れになっていることであろう。
国家統制の方法論は「普通の人々集団」からの選別隔離である。はじめはテロリストや犯罪者が、つぎは過激派や共産主義者が、そして気がついたときには異論をもつものすべてが、普通のひと集団(世間)から隔離されている。

そんな時代が近づいている。久しぶりにほんとうに久しぶりに河合栄次郎の名を見つけて、そう思った。
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by himenom | 2005-02-16 01:13

日曜日は第十堰の案内人

大東市からこられた第十堰見学のご一行30人を案内した。上堰に直行したかったが、大型バスの降車場は南岸資材置き場しかない。歩いて行くと時間が足りない。そこでカラカラに露出した下堰散策とおせきの家での説明会にした。

ところが話しているうち半数の人が上堰へ行きたいという。バスを待たせそこらあたりの乗用車に分乗して上堰へ。曇りで風は冷たかったがさすが上堰の石畳、みなさん満足されたようである。

第十堰はすでに吉野川では有数の観光スポットになっている。国交省の「四国のみずべ88カ所」にも選定されている。だが上堰へのアプローチは悪い。コンクリート柱のためにバスが進入できないのである。国交省がこの柱の管理を住民にまかせてくれるといいのだが。
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by himenom | 2005-02-13 19:35

パキスタンでダム決壊 500名以上不明

パキスタン南西部バルチスタン州パスニ近郊で11日、豪雨のためダムが決壊し、下流の村が流された。少なくとも50人が死亡、約500人が行方不明になっている。州政府当局者などが明らかにした。

 決壊したダムは、かんがい用で03年に完成したばかりで幅150メートル。現地では激しい雨が1週間以上降り続いており、貯水を支えきれなくなったらしい。

 上空から視察したパキスタン海軍によると、ダム下流の村は完全に水没し、多数の住民が山手に避難している。海岸線を走る幹線道路が40キロにわたって冠水し、通信も途絶している。不明者の一部は、建物とともに、約30キロ下流のアラビア海まで流されている可能性があり、海軍などが潜水チームを現地に派遣した。 (以上02/11 21:30朝日)

同じ11日のニューヨーク発共同によると、地球の気候変化を調査しているNASAのゴダード宇宙研究所は、今年は温室ガス効果とエルニーニョ現象により、観測史上最大の猛暑になるとの予測をまとめた。
ということは、異常豪雨はさらに増えるということである。

一方、7日発表された国連の生態系評価報告書案によると、1950年からの40年間で世界の森林草地の14%が消失。このペースだと、2050年にはさらに20%が破壊され、人間生活そのものが破綻する、と警告している。

この三つのニュースは深刻ではあるが、互いにつながっていてわかりやすい。これから大災害がつぎつぎやってくること。それは人為的原因が大きいこと。人間活動のありかたを抜本的に変えなければならないこと。行く先ははっきりしているのだ。いま問題なのは間に合うかどうかなのである。

10日、吉野川みんなの会は報告会を開いた。ぼくは「緑のダム」の制度的背景をしゃべった。21世紀の山川と人のつきあいは①治山、遊水、堤防の組み合わせによる流域主義治水②棚田などさまざまな保水のしくみを取り戻す③そのかなめになるのが緑のダムだ。

「緑のダム」の考えとは、自然を有機的存在として認める思想方法論である。山川海を機能ごとにバラバラに分解し、そのあげく破綻した近代百年の河川、砂防、治山を転換するための、本質的で緊急を要する処方箋なのである。しかも安い。みんなに喜ばれる。やろうと思えばすぐできる。こんないい政策はないのである。

国交省はその効果が学会の定説になっていないから政策化はできないという。おかしな話だ。ならば「定説」だった河道主義による洪水計画がなぜいま実現不可能になっているのか。これから想定外の洪水に備えるための治水の転換政策をどう実現しようというのか。
政策は「定説」ができたからやるものではない。現実の必要性と将来構想で決めるものだ。治山治水は一朝にしてできるものではないのだから。

そんなことを言っているうち、なんだか力がはいってきて、こじらせていた風邪やら中耳炎やらも直りそうな気配になってきた。われながら現金なものだと帰りの車の中でひとり苦笑いした。
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by himenom | 2005-02-12 19:26