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露地のつくばい

b0050788_1922573.jpg招かれていたお茶にふと出かける気になった。
茶室に入るためには、わら草履に履きかえる。
露地の飛び石をひとつずつ伝い、
つくばいで手を洗う。
そして小さな入り口にたどりつくのだ。
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そのひとつひとつの所作は、
浮き世の塵を落としていくためだという。
ぼくは感心した。
いただいた濃茶はいい後味が残った。
ときおり17番札所井戸寺へ歩くお遍路さんの声が聞こえるだけの、
小春日和の晩秋の一日だった。
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by himenom | 2004-11-23 18:17

30人の川ガキ誕生

きょう21日は「2004川の学校」の卒業式の日だ。
前日はひさしぶりにこどもたちといっしょにカヌーツーリングをした。
さすが川ガキらしくなって11月というのに平気で川に飛び込む。
川が楽しくてしかたがないので人も引きずり込む。
勢いあまってついに野田校長のカヌーまでひっくり返してしまった。
安心しきって野田さんに乗せてもらっていた共同通信の若い記者くんはさぞびっくりしたに違いない。この日、ぼくは幸運にも無事であった。
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野田知佑さん、辰野勇さんと記念撮影の川ガキたち
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by himenom | 2004-11-22 01:13

第十堰の形状調査はじまる

国交省徳島事務所は、第十堰の補修計画の基礎資料とするため、「第十堰の形状把握調査」を実施すると発表した。期間は4ヶ月でうち2日間は調査の様子を一般公開するという。
国交省がいよいよ第十堰の補修に動き出したのであれば、けっこうなことである。
でもわからないのは住民と共同で進めていくという姿勢がまったく見られない点である。

第十堰の補修については住民はさまざまなノウハウをもっている。たとえば、NPO法人吉野川みんなの会は第十堰保全案をまとめているし、石積みの補修にはかつての石工さんも協力を申し出ている。ところが「調査初日の11月22日は報道機関の現地取材に応じます」とあるだけで、住民への連絡などはいっさいないのはなぜだろうか。

「調査した結果、やっぱり可動堰がいい」というシナリオがあるからでは、という懸念をもつひとも少なくない。国交省は「第十堰の10年」に学んでもらいたい。

さてきょうはこれから善入寺島の「川の学校」キャンプである。すばらしい天気になった。川ガキどもの顔をみるのが楽しみである。
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by himenom | 2004-11-20 10:22

やっぱりまるあそびはいいなあ

13~14日は,おまちかねの「吉野川まるあそび」である。
ぼくの役目は玄さんの釣り教室の補助スタッフである。
玄さんとは森口玄七さんのこと。川で生まれ川で育った川釣りの名人である。「ダムができてからハエ(オイカワのこと)の味が落ちてしもうた」というのが口癖で、この日もブツブツ言いながらみるみる10匹ほどのハエをつり上げてしまった。
b0050788_264056.jpg玄さんは釣りだけでなく文の方もなかなかの腕前。かれが「吉野川物語」の連載をはじめたとたん、月刊釣り雑誌「フカセジャパン」の売り上げはぐんと伸びたそうである。

イベントには各地から300人ほど集まった。例年になく子どもの活発な動きがめだった。きっと4年目になる「川の学校」の影響が出始めているのだ。

大きなリュックを背負ってやってきた子ども3人組は、ちゃっかり飯代をうかすべくスタッフに早変わりしているし、河原のステージではこどもたちが「川ソング」のお披露目をしている。

「川ソング」は、加藤登紀子さんが吉野川の川ガキのために作ってくれた歌だ。
かれらは、つい一週間前、加藤さんといっしょに大阪のスタジオでCD吹き込みをしたばかりなので、自信たっぷりなのである。

釣り教室の参加も例年になく多かった。玄さんの指導で初めて釣った小さな獲物を、たき火で焼いて食べる子どもはみんないい顔をしている。夜10時、ぼくは少々未練を残しながら、翌日の四国NPOフォーラムの準備をするため、善入寺島の河原をあとにした。
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by himenom | 2004-11-16 02:08

台風23号の水位痕跡

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台風23号の水位の痕跡をみてほしい。第十堰周辺は堤防天端まで4m以上も余裕がある。
この台風は観測史上最大の洪水のため各地ではんらんしたが、第十堰の堤防はなおこれだけ余裕があるのだ。可動堰計画がいかに空論であったかということである。
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by himenom | 2004-11-14 23:46

吉野川で洪水日本記録。第十堰びくともせず。

さて衆議院第2議員会館である。この日、朝から豪雨で吉野川上流では大雨洪水警報、徳島空港もどしゃ降りで、JAL便は降りることができずに大阪空港へ行ってしまった。東京行きは欠航である。シンポは2時開始だ。「これはやばい」

途方にくれていたら、勇敢にも次便のスカイマーク機が着陸したので、ぼくも猛スピードでチケットを買い換えて飛び乗った。こうして2時40分「ぜいぜい」と息をしながら大汗をかいてぼくは議員会館にかけこんだのである。

b0050788_0431390.jpgせまい会議室は120人でいっぱいである。佐藤謙一郎さんがいる。徳島の高井美穂さんがいる。だがほかの議員さんはいるのだろうか。あとで聞いたら、視認しただけでも菅直人さん、小宮山さん、ツルネンマルテイ、石毛瑛子、阿久津幸彦、加藤敏幸の各氏(みなさん民主党?)など10人はいたという。さすが議員会館である。
(シンポの写真は広瀬一好さん撮影)


b0050788_044517.jpgぼくは、まず今朝11日付けの徳島新聞記事を見せた。台風23号の洪水は吉野川の史上最大だった(岩津地点で15700㌧秒)と国交省が発表したのである。ダムのカット分2800㌧を入れると18500㌧であるから、これまで日本記録といわれた利根川カスリーン台風洪水の17000㌧(15000㌧という説もある)を上回る日本最大の洪水である。

皮肉なことに、この史上最大の洪水は「可動堰計画の誤り」を実地に検証してしまった。旧建設省は「治水対策が最も急がれる第十堰」と強調してきたのだが、実際は...。
b0050788_15247.jpgその1 第十堰と周辺堤防はびくともしなかった。
その2 第十堰周辺は堤防天端まで4m以上の余裕があった。(HWLまで2m)
いっぽう第十堰以外の上下流いたるところではんらんが発生した。
やはり治水対策の対象は第十堰ではなかったというわけである。

この大洪水は、緊急になすべき課題もあきらかにしてくれた。
その1 中小河川、内水対策、土砂流木対策。
その2 洪水のピークを下げる対策(森の整備など)の導入。
その3 堤防補強し、被害を減らすソフト対策の導入。
大洪水はこれまでを反省し転換するチャンスでもあるのである。

つぎに、第十堰問題の現状を報告した。
b0050788_161515.jpg国交省が4月に発表した「よりよい吉野川つくり」によって、第十堰をめぐるせめぎあいは、第十堰保全への新しい段階に入った。住民は二度と可動堰が復活しないよう科学的なダムの代替案を作成した。それは住民が主導し自治体が連携する新しい河川自治のスタイルである。国はこれb0050788_171513.jpgを尊重してもらいたい。

そして、注目の吉野川「緑のダム」事業である。
その1 基本高水が過大になるのは森林の状態が反映されていないためである。
その2 人工林を強間伐して混交林にすれば、新たなダムを作らなくてすむ。
その3 事業費年15~20億円の予算で根本的な治山治水ができる。

5時シンポジウムが終わったあと、中根先生はたくさんのひとに囲まれて応対に忙しそうだった。ぼくは最終便の飛行機の時間に気がついて、打ち上げのビールを一口飲んだだけであわてて飛び出した。きっとうらめしそうな顔をしていたに違いない。3時間でとんぼ返りの忙しい一日だった。
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by himenom | 2004-11-13 01:07

議員会館に「緑のダム」が初登場

あす、衆議院第二議員会館で、午後2時からダム政策の転換を求めるシンポジウム「もうダムはいらない--自然のルネッサンスを求めて」が開かれる。

パネリストは、吉野川でダム代替案をまとめた中根周歩、大熊孝両教授と私、ほか川辺川ダムから高橋ユリカさん、八ッ場ダムから嶋津暉之さん。宇沢弘文(東大名誉教授)氏の司会である。

「緑のダム」が、ダム代替案として、いよいよ衆議院議員会館に初登場。国会議員の方々にはぜひ勉強して頂きたいテーマである。

また今年は、観測史上最大級の洪水が相次いだが、第十堰周辺はびくともしておらず、可動堰計画の誤りが実際に検証されたのが注目されるところで,この点もしっかり報告してくるつもりだ。

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上は旧建設省のパンフ。下は台風23号県内各地ではんらんを伝える新聞記事。はんらんや堤防欠壊はすべて第十堰周辺以外の場所である。いま吉野川の治水で急がれるのはなにかか明らかになったのではないだろうか。
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by himenom | 2004-11-10 10:47

ぎっくり腰をやってしまった

今日は、NPO法人吉野川みんなの会の事務所の大掃除の日である。事務所の前の静かな道が4車線道路に拡張されるので、建物を取り壊さなければならなくなったのである。

朝から10人ほどの会員が集まってきた。たいへんな資料の山だが(かなりがらくた混じりの)、みなさん捨てかねている。無理もない。ここは、98年に第十堰住民投票の会ができてから6年間ずっと吉野川にかかわるさまざまな出来事が発信されてきたところだ。がらくたにも思い出がどっさり詰まっているのである。

だいたい大掃除で悩むのは捨てる捨てないの選択だろう。捨てたり戻したり、何回目をつむって、エイヤッと捨てる決断をしたことか。こうして一日がすぎて、やれやれ片づいたと思ったとたん、腰から「ぎくっ」というおなじみのいやなサインが....。
「やはりきたか」 ぎっくり腰である。もう長年のおつきあいなので驚かない。

さて新しい事務所ができるまでは、12日からしばらくの間、みんなの会の事務局は、第十堰南岸の お堰の家に間借りである。
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by himenom | 2004-11-07 23:58

郡上八幡にてー砂防ダムのこと

b0050788_19504148.jpg○田口康夫さん(渓流保護ネットワーク)の話を聞いて驚いてしまった。
砂防ダムの話である。

日本全国の砂防ダムの数は約8万5000。大変な数だが、驚いたのはここからである。これだけの砂防ダムを作っても、その達成率はわずか22%なんだそうである。

このペースだと44%になるのにはあと100年かかるだろうが、老朽化したダムが壊れ始めているため(1964年から4年間で769基もの治山ダムが壊れた)、結局100年後の整備率も相変わらず22%だろう、と田口さんは大胆に予測した。

「えっ」と思ったが、次のデータをみて納得した。国が示す全国の土石流危険渓流(つまり砂防ダムを作らなければならない川)は、98年には約8万カ所だったのが、2003年にはなんと18万カ所に増えているのだ。5年間で2倍以上も達成目標が増えている!!

なんのことはない、砂防ダム事業とは永遠に達成不可能な事業なのである。しかも数十兆円b0050788_1952597.jpgから数百兆円の金がかかる。そんな金はどこにあるのか。
一方土砂災害は減ったか。NOである。今年は並みの土石流災害ではニュースにさえならないくらいだ。

聞いていて、川の治水事業とそっくりだなあ、とため息が出た。
たとえば、荒廃した放置人工林がどんどん山を崩壊させていることに目をつむって、砂防ダムをいくら作っても問題が解決するはずがないではないか。金の使い方を変えるときがきているのである。

シンポジウムの会場から「村では砂防反対は奇人変人よそ者あつかいなんです」と発言したひとがいた。そうだろうなあ、たいへんだろうなあと思う。でもがんばってほしいのだ。反対が目的じゃなくて、いい山を残すのが共通の目的だから。そして、根本的治山のための金(予算)を取ってくる、そのb0050788_19581587.jpgしたたかな力と知恵はかならず現場にこそあると思うからである。
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by himenom | 2004-11-05 19:54

台湾のダム代替案国際会議 その3

その日の夜、美濃陳公舎(市役所のホールといったところか)で、ぼくの講演会があった。仕事をすませた市民が集まってきた。羅建徳鎮長(市長さん)もいる。
 羅さんは会の冒頭「二つのダム建設反対運動地域(徳島と美濃)がもっと多くの連携と交流を持ちたい。」と力強くあいさつされた。最後に「姫野さんが次の徳島市長選挙で高い得票率で当選するよう願っています」と締めくくった、とあとで聞いてぼくは照れた。

ぼくが3月の徳島市長選挙に出たことはこちらでも話題になっていたようだった。なにしろテレビでは毎日日本番組が流れているし、おおかたの情報はインターネットで瞬時に届く。だから、徳島市の住民投票のこともよく知られていて、小学校教師の劉孝伸さんは、講演会のあとこういう感想を寄せてくれた。

「あのとき女性と老人が寒い雪の中、プラカードを持って街頭で徳島住民に投票を促していたのには本当に感動したものでした」 なぜなら、
「私たちも美濃ダム建設反対運動の中で、かつて美濃の各家庭を説明して回ったり、何回も公開演説会をしたりして、美濃ダムの問題を知ってもらおうとしました。姫野さんと仲間たちが経てきたこのような苦難は私たちも経験していたからです。」
だから、今日講演を聴いた感動はひとしおだったのだ、とかれは言った。

会場ではさまざまな質問が飛んできた。
「(美濃ダムの建設目的は高雄市の工業用水だが)住民投票をするとすれば美濃ですべきか、高雄でもすべきか」 ぼく「(最初から難しい質問だなあ)ぼくならやれるところでやる。ただその政治効果は予測しておくべき。吉野川では徳島市と藍住町の両方で始めたが徳島市しか実現しなかった。すると徳島市だけで決めるのかと国はけちをつけた。」

「姫野さんはなぜ市長選挙で落ちたのか」 答えたくない質問かもしれませんが、と通訳をしてくれた高雄師範大学教授の劉淑恵さんはにっこり笑ってマイクを渡した。 ぼく「油断したのかな。勝ったつもりでいたから(冗談)。相手が可動堰反対に転換したためでしょう。負けたのは悔しいけど、住民が政治を変えていくプロセスです。」

「森の治水力の違いを正確な数字でもっと知りたい」 ぼく(あ~時間がない。こっち優先で説明すべきだったかな。けど評価してくれてうれしい。)そこでやむなく「報告書おいて帰りますから」
いずれもズバリ的をついた質問がくるのである。やはり借り物ではない運動を作ってきたひとたちだなあ、と思った。

「緑のダム」への国際的評価はどうなのだろうか。「緑のダム」研究の成果については台北で話していたのである。感想を聞いてみた。

林英清さん(美濃愛郷協進会理事長)「森を緑のダムにという考え方は、私たちの目標と      示し合わせたように一致しています。」

張正揚さん「森を緑のダムとする考え方は、台湾の環境保護運動でも多く語られて来まし     た。しかし姫野さんの具体的な数字や図形による報告は非常に説得力があります。森    林の環境経済的価値を計算し多くの人に知らせるべきだと思います。」

劉孝伸さん「政府は森の水源涵養メカニズムをなかなか受け入れません。その意味で姫野     さんたちが、異なる林相に関して深い研究を行い、異なる森林と植生の保水力の違     いを客観的な数字データで提供したことは、非常に重要なことだったと思います。」
     
台湾では「緑のダム」を高く評価し、熱い期待をもっている。また、東南アジアのひとたちにとっては、ダム問題とは生活基盤である森の破壊であるから、「緑のダム」の評価は当然であり、なにをいまさらというところであろう。ダムの本家アメリカの参加者からのコメントは聞き漏らした(語学力の必要性を痛感した)が、台湾から帰って興味深い話を聞いた。

○最近、アメリカ西海岸で行われた国際学会で、京都大学の若手研究者グループがこの吉野川の「緑のダム」の研究報告をしたところ、大変注目されたというのである。ふだんはなかなかほめない先生が拍手をし、会場から質問もあいついだという。ぜひ詳しくきいてみようと思っている。
(続く)

実はいま、郡上八幡から車を飛ばして帰ってきたばかりなのである。「砂防ダムを考える」というシンポジウムに出席していたのだが、いつもの一夜漬けの悪いくせで、直前までほってあったら夜行バスの切符が売り切れてしまい、車でいくはめになってしまったのだった。郡上八幡の会場を出ようとしたら若い女性に呼び止められた。「ブログでみましたよ。台湾のあの地下堰はおもしろいですねえ。」「あ、見てくれたんですね、また載せますからね。(にこにこ)」
こうやってみなさん寝不足の毎日になっていくんでしょうね。

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雨上がりの郡上八幡の城山から

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by himenom | 2004-11-01 01:00