2006年 09月 19日 ( 1 )

9月17日(月)曇 刈谷田川の遊水地


我が国「最先端」の治水事業を紹介しよう。先週,新潟県の刈谷田川に行ってきた。
2004年7月13日、想定を遙かに超える洪水が発生して、上下流6カ所の堤防が決壊し、死者12名を出す被害が出た。この水害の教訓は2つあって、①堤防をあふれる大洪水は必ず発生することを想定べき。従って、②あふれても決壊しない堤防にしないといけない、ということである。

b0050788_0294942.jpg新潟県の打った対策は思い切ったものだ。中流域の川沿いにある90haの水田を広大な遊水地として,ここに200m3/秒の洪水を遊ばせることにしたのである。下流の密集地であふれる前に、計画的に、人家が少ないところであふれさせてしまう。意図的にあふれさせることで、大洪水を分散させ、要所を守る,という古来の治水戦略を復活させたのである。

そのしくみはこうだ。まず堤防の一部分をあらかじめ他の高さより2~3m低くしておく。川が増水して水位が上がってくると,この部分から田んぼへ水があふれでていく。いわゆる越流堤である。
b0050788_0302367.jpgこの越流堤は,遊水地の下流部に作るため、田んぼに流れこむ水は回り水となってゆっくりと、上流側に向かってたまっていく。最大水深3m程度となるが、流れ込む水は上水(うわみず)なので、土砂は田んぼに入らず、万一入った場合は県が撤去する。川の水位が下がれば、遊水地に入った水も出て行く。県の予想では24時間程度で水が引くと見ている。その洪水調節能力は現存する刈谷田川ダムを上回るという。

では、この遊水地の田んぼは県が買い取るのか。刈谷田川遊水地は地役権方式をとった。
地役権(ちえきけん)とは、自己の土地の便益のため他人の土地を供させる権利のこと。河川(自己の土地)の流下能力の増加(便益)のために田んぼ(他人の土地)に川水をためる権利(供させる)。これが遊水地役権である。県は、地役権設定の対価として、地主に取引時価の35%を支払って、河川区域に組み入れるのだが、土地の所有権を買い取るのではない。地主はこれまで通り耕作地として利用できる。ただ洪水時川水が入ってくるのを受容しなければならないだけである。

ぼくは、この地役権方式の遊水地は、次の理由で、画期的な方法だと思っている。
巨大洪水対策は河道だけでは不可能で氾濫原管理を伴わざるを得ない。氾濫原管理とは,大洪水時のみ川になる土地利用を社会のしくみに取り込むことだ,とぼくは理解していて,そのためには「官地か民地か」の二分法は硬すぎる。地役権遊水地がいい点は、私的利用をする私有地でありながら同時に公共用地(河川区域)でもある,という柔軟さにある。たいへんなのは行政と住民の協働が不可欠で、行政も住民も意識変革をせまられる点だろう。だが縦割り行政の壁を越えて流域主義治水(総合治水)を実現するためには、このような実践を通した互いの意識変革こそが大きな役割を果たすと思うのだ。

県の職員は、地主たちに「洪水を遊ばせる」ことの大切さを説いて回ったという。破堤という被害体験もプラスに作用しておおむね理解を得ているようであるが,「これからも試行錯誤の連続です」と苦労は絶えないようである。だがその苦労は、時代を前に進める価値ある苦労である。大きな災害を出した刈谷田川であるがゆえに挑戦できる苦労である。どうかがんばっていいモデルを作ってほしい。刈谷田川遊水地はぜひ成功させてもらいたい。

このように,新潟県は「7.13水害」の第一の教訓「堤防をあふれる洪水は必ずくる」を,遊水地の創設に生かしたのだが,では第二の教訓「あふれても壊れない堤防にすべき」はどう生かされたのか。(続く)
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by himenom | 2006-09-19 00:33