台湾のダム代替案国際会議 その3

その日の夜、美濃陳公舎(市役所のホールといったところか)で、ぼくの講演会があった。仕事をすませた市民が集まってきた。羅建徳鎮長(市長さん)もいる。
 羅さんは会の冒頭「二つのダム建設反対運動地域(徳島と美濃)がもっと多くの連携と交流を持ちたい。」と力強くあいさつされた。最後に「姫野さんが次の徳島市長選挙で高い得票率で当選するよう願っています」と締めくくった、とあとで聞いてぼくは照れた。

ぼくが3月の徳島市長選挙に出たことはこちらでも話題になっていたようだった。なにしろテレビでは毎日日本番組が流れているし、おおかたの情報はインターネットで瞬時に届く。だから、徳島市の住民投票のこともよく知られていて、小学校教師の劉孝伸さんは、講演会のあとこういう感想を寄せてくれた。

「あのとき女性と老人が寒い雪の中、プラカードを持って街頭で徳島住民に投票を促していたのには本当に感動したものでした」 なぜなら、
「私たちも美濃ダム建設反対運動の中で、かつて美濃の各家庭を説明して回ったり、何回も公開演説会をしたりして、美濃ダムの問題を知ってもらおうとしました。姫野さんと仲間たちが経てきたこのような苦難は私たちも経験していたからです。」
だから、今日講演を聴いた感動はひとしおだったのだ、とかれは言った。

会場ではさまざまな質問が飛んできた。
「(美濃ダムの建設目的は高雄市の工業用水だが)住民投票をするとすれば美濃ですべきか、高雄でもすべきか」 ぼく「(最初から難しい質問だなあ)ぼくならやれるところでやる。ただその政治効果は予測しておくべき。吉野川では徳島市と藍住町の両方で始めたが徳島市しか実現しなかった。すると徳島市だけで決めるのかと国はけちをつけた。」

「姫野さんはなぜ市長選挙で落ちたのか」 答えたくない質問かもしれませんが、と通訳をしてくれた高雄師範大学教授の劉淑恵さんはにっこり笑ってマイクを渡した。 ぼく「油断したのかな。勝ったつもりでいたから(冗談)。相手が可動堰反対に転換したためでしょう。負けたのは悔しいけど、住民が政治を変えていくプロセスです。」

「森の治水力の違いを正確な数字でもっと知りたい」 ぼく(あ~時間がない。こっち優先で説明すべきだったかな。けど評価してくれてうれしい。)そこでやむなく「報告書おいて帰りますから」
いずれもズバリ的をついた質問がくるのである。やはり借り物ではない運動を作ってきたひとたちだなあ、と思った。

「緑のダム」への国際的評価はどうなのだろうか。「緑のダム」研究の成果については台北で話していたのである。感想を聞いてみた。

林英清さん(美濃愛郷協進会理事長)「森を緑のダムにという考え方は、私たちの目標と      示し合わせたように一致しています。」

張正揚さん「森を緑のダムとする考え方は、台湾の環境保護運動でも多く語られて来まし     た。しかし姫野さんの具体的な数字や図形による報告は非常に説得力があります。森    林の環境経済的価値を計算し多くの人に知らせるべきだと思います。」

劉孝伸さん「政府は森の水源涵養メカニズムをなかなか受け入れません。その意味で姫野     さんたちが、異なる林相に関して深い研究を行い、異なる森林と植生の保水力の違     いを客観的な数字データで提供したことは、非常に重要なことだったと思います。」
     
台湾では「緑のダム」を高く評価し、熱い期待をもっている。また、東南アジアのひとたちにとっては、ダム問題とは生活基盤である森の破壊であるから、「緑のダム」の評価は当然であり、なにをいまさらというところであろう。ダムの本家アメリカの参加者からのコメントは聞き漏らした(語学力の必要性を痛感した)が、台湾から帰って興味深い話を聞いた。

○最近、アメリカ西海岸で行われた国際学会で、京都大学の若手研究者グループがこの吉野川の「緑のダム」の研究報告をしたところ、大変注目されたというのである。ふだんはなかなかほめない先生が拍手をし、会場から質問もあいついだという。ぜひ詳しくきいてみようと思っている。
(続く)

実はいま、郡上八幡から車を飛ばして帰ってきたばかりなのである。「砂防ダムを考える」というシンポジウムに出席していたのだが、いつもの一夜漬けの悪いくせで、直前までほってあったら夜行バスの切符が売り切れてしまい、車でいくはめになってしまったのだった。郡上八幡の会場を出ようとしたら若い女性に呼び止められた。「ブログでみましたよ。台湾のあの地下堰はおもしろいですねえ。」「あ、見てくれたんですね、また載せますからね。(にこにこ)」
こうやってみなさん寝不足の毎日になっていくんでしょうね。

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雨上がりの郡上八幡の城山から

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by himenom | 2004-11-01 01:00
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