7月31日(月)晴  「人は足元が暗くなる前に故郷へ帰るものだ」

 23日は陸別町から車で4時間,平取町二風谷(びらとりちょうにぶだに)に着く。
1997年,沙流川に建設された二風谷ダムを見ておきたかった。アイヌ初の国会議員となった萱野 茂(かやの しげる)さんの資料館も見ておきたかった。萱野さんは,議員時代に一度徳島に来られたとき,どうしても第十堰に行きたい,と会合を抜け出してこられ案内したことがある。今年5月79歳でなくなられた。
 その萱野さんが反対し続けたのが,二風谷ダムである。このダムは,高度成長期にアジア最大規模の工業地帯を苫小牧東部地区に作る構想(苫東開発)のための工業用水調達のダムとして計画され,その後苫東開発が破綻すると,こんどは治水利水発電など多目的ダムに目的を変えて,1997年強引に建設された。
 広々としたダム湖畔には展望台や観光用船着き場があり,公園も作られているが,フェスティバルの期間中で,しかも日曜日であるにもかかわらず,客はだれもいなかった。水は濁っている。右岸に2m幅の魚道があり,大きなカンバンがかかっているので,30分ほど見ていたが,上っている魚は一匹もいなかった。
b0050788_2155179.jpg  ダム近くの民宿二風谷荘の宿泊客はぼく一人である。女将さんが「今夜は身内の通夜なので十分なお世話ができません」といいながら,ストーブのスイッチを入れた。雨の日は夏でも入れるのだという。話しているうち「ワジンが」「ワジンが」という言葉に驚いて「アイヌは今も『倭人』という言い方をするのですか」と聞いたら,そうだという。ぼくは自分の無知に思わず言葉に詰まった。昨年来た修学旅行の女子高生たちは「えっ,アイヌもテレビ見るんだ!」と驚いたそうである。なんという非常識,と一瞬あきれたが,だがおまえも五十歩百歩ではないのか,とすぐ我が身に跳ね返る。ぼくは恥ずかしかった。。b0050788_2162294.jpg

女将さんは萱野さんの弟の奥さんである。ぼくが吉野川で何をしているか知った女将さんは,ダムが出来る前の沙流川がどんなに美しかったか,語り始めた。そしてヒグマに出会った体験。彼女の目の前で小道を横切った熊は,彼女に気づき振り返る。彼女はその熊の目が忘れられない。「熊の目はほんとに小さかったよ。」しばらく熊と見つめ合った。不思議だったのは「熊といることが,ちっとも怖くなかった」こと。
「不思議だよねえ」と彼女は夢を思い出すように話してくれた。萱野さんが電話をかけてきて「その熊はね,カムイ(神様)だったんだよ」と言ったそうだ。
ゆったりと語る彼女は誇らしげで,ぼくは子どものように話に引き込まれた。 
萱野さんはユーモアがありましたよね,とぼくは水を向けた。
「ええ,義兄さんは死ぬ直前まで人を喜ばせようと冗談をいう人でした」と言って,「もうあんな人は二度と出ない」と寂しそうな顔をした。
b0050788_2165378.jpg 
「日本にも大和民族以外の民族がいることを知って欲しい」と,委員会において史上初のアイヌ語による質問を行った萱野さんは,念願のアイヌ文化振興法を成立させたあと,「人(狩猟民族)は足元が暗くなる前に故郷へ帰るものだ」という言葉を残して,一期限りで国政から引退した。
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by himenom | 2006-08-01 02:34
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