5月23日(火)曇 「吉野川水系河川整備計画の策定に向けて」発表

「吉野川水系河川整備計画の策定に向けて」と題する文書が,今日,国交省四国地整から発表された。向こう30~40年間の吉野川のありようがこの整備計画によって決まってしまう。それがどのくらい大切かは第十堰問題を振り返ってみればよい。現在の計画(当時は吉野川工事実施基本計画と言っていた)が作られたのがいまから24年前の1982年であるが,このときさりげなく盛り込まれた「既設固定堰の改築」という文言が,実は「第十堰の可動堰化計画」のことであることを当時どれだけの人が知っていただろうか。それから10年後の1992年,これが建設事業として動き出すまでは,ぼくもそうだったが,ほとんどの住民はこの事実を知らなかったのだ。公共事業進め方のノウハウに「小さく産んで大きく育てる」というのがあるが,人知れずひっそりと計画に盛り込まれ,後戻りできないところまで進んでからその巨大な姿を現した可動堰計画こそはその典型であろう。それゆえいったん表に出た公共事業はいかに理不尽なものであっても止めることは至難の業であり,住民はそれを第十堰でいやというほど体験したはずである。
 
 そういう意味では,今回の整備計画作りは,住民に巡ってきた30~40年に1度の大事な大事な機会なのである。また国交省にとっても,これからの30~40年は異常気象の常態化というかつてない試練を迎え,ダムやコンクリートの堤防に頼る治水から「あふれる治水への転換」をせざるを得ない,という歴史的課題を背負った重大な機会なのである。大洪水があふれるのを想定した防災計画を立てる,場合によっては計画的にあふれさせることによって被害を減らす,そうしなければ住民の安全は守れない。そういう時代が目の前に来ているということである。(一昨年12名の死者を出した新潟県刈谷田川を見よ)そのような「治水の転換」をするために最も必要なものはなんだろうか。成否を分ける最大の鍵は住民にある。住民が川に関心を持ちそのような川の摂理を理解しない限り「治水の転換」はうまくいかないのだ。新しい治水は「住民参加」を抜きにしては成り立たないといってもよい。1997年の新河川法で掲げられた「住民参加」とはおかざりではないのである。渡辺河川局長が「整備計画作りは徹底した情報公開と住民参加でやる」と強調したのは,それが治水の転換という大仕事のために不可欠の行政手法だ,と決意したからではなかったのだろうか。

 では今回の整備計画作りの方針はどうだったか。本文はわずか3頁と短いものなので目を通して頂きたい。国交省の言いたいことは一読して判った。
①第十堰は先送りにする
②流域委員会は設置しない
まるで15年前の河川行政に逆戻りしたようだがこの2点に尽きる。これが我が国の河川事業で例のないほど住民の関心を呼んだ第十堰の扱いであり,歴史的な治水事業の転換という困難なテーマに対する国交省の基本姿勢であった。これが上記の河川局長発言から5ヶ月もかかってまとめた国交省の方針であった。ぼくは驚きあきれたが,やがてなんだか哀しく可笑しい不思議な気持ちになった。国交省は,要はけむたい住民とは話しあいをしたくない,ただそれだけのことだったのかもしれないなあ,とふと思ったからだ。だが舘計画課長はまだ若いからキャリアであろう。せっかく縁あって四国にきて吉野川40年間の住民の将来を担当したのではないか。河川官僚の誇りをかけて住民とがっぷり四つに組んでもらいたい。あなたがいつまで四国にいるかぼくは知らない。しかし恐らく死ぬまで吉野川を見て暮らすはずのぼくは,あなたが四国地方整備局河川計画課長である限りおつきあいをお願いし続けるしかないのだ。それが住民というものだ。
今回の方針はとうてい納得できない。聞きたいことはいっぱいある。近く先日の約束通り十分な説明をお願いにあがりたい。
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by himenom | 2006-05-24 02:32
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